第3話 《アルコバレーノ》の災難

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「それで……いったい何があった?」   流星が話を本題に戻すと、馬渕(まぶち)が地面に倒れている若者たちを見ながら説明をはじめた。 「こいつらは《アルコバレーノ》という名の、最近になって急拡大している武闘派のチームらしいな。その喧嘩慣れしている連中が、かなり一方的にボコられている。あそこにいるのが《アルコバレーノ》の(ヘッド)だが、そいつによると襲撃犯は見たことがない顔だったそうだ」 「……新しい囚人の仕業(しわざ)か?」 「その可能性はあるな」  流星が馬渕と話し込んでいるのを、深雪は経験の浅い自分がわざわざ口を挟むことでもないと、離れたところで見守っていた。ただ、ひとつだけ気になってマリアに話しかける。 「あのさ……《死刑執行人(リーパー)》の事務所は横の繋がりが無いんじゃなかったっけ? 奈落は『同業他社は敵だ』って言ってたけど」 「基本はそうよ。ただ、《よもつひらさか》が入港してくるこの時期は特別ってだけ。個別の事務所や会社だけじゃ対応できないからね~」  流星や馬渕の様子だと、それが暗黙のルールなのだろう。事務所同士の連携が不可能でないなら、常日頃から協力し合えばいいのにと深雪は思ってしまう。  だが、考えてみれば《死刑執行人(リーパー)》の《リスト執行》は早い者勝ちで、賞金稼ぎのような面があるから、協力体制を敷くのは現実には難しいのかもしれない。  すると深雪とマリアの会話を聞いていたのか、天沢(あまさわ)が声をかけてきた。 「この時期は《監獄都市》全体がピリピリするし、俺ら《死刑執行人(リーパー)》も対立してる場合じゃないってことでしょ。ね~、虹子ちゃん?」 「天沢ぁ、気軽に名前で呼んでんじゃねえぇぇ‼」 「ふおおおおおおおお!」  犬飼は連続で鋭い手刀を繰り出すが、天沢も悲鳴をあげつつも犬飼の突きをことごとく避けていく。二人とも神業的(かみわざてき)な動きで、とてもではないが深雪が間に入っていくことはできない。  「そんなわけで今日のところは一応、味方よ。雨宮くん、よろしくね」 「に、虹子ちゃん虹子ちゃん虹子ちゃん! 死ぬ!    マジで死ぬって‼」  優しそうな笑顔を深雪に向けつつ、天沢に卍固(まんじがた)めをかける犬飼。天沢はぎりぎりと締め上げられているのに、どこか嬉しそうだ。  犬飼はどうして天沢をそこまで嫌うのだろう。軽薄さは鼻につくものの、それほど悪い人物には見えないのだが。  二人を止めるべきか深雪は迷ったものの、何だか邪魔をしては悪いような気がして放って置くのだった。 「なんだか変わってるっていうか……忙しない人達だな」    深雪が小声で感想を述べると、マリアは素っ気なく肩をすくめる。 「《死刑執行人(リーパー)》なんてやってる連中よ? まともなわけがないでしょ」 (マリアがそれを言っちゃうんだ……)  流星と馬渕(まぶち)は、犬飼や天沢のことはガン無視で会話を続けている。 「とにかく《アルコバレーノ》とかいう連中を襲ったのが新しい囚人なら、見つけ出して接触しておいたほうがいい。力にモノを言わせるタイプのゴーストは、同じことを繰り返す傾向があるからな」 「そうだな。ただ……ひとつ妙なことがある」   そう深刻な顔で指摘する馬渕に、流星は眉根を寄せる。 「妙なこと……?」 「見たところ《アルコバレーノ》の奴らは骨折や打撲といった痛手は負っているものの、死者や重傷者はいない。一見すると良いことだが……かえって不気味だと思わないか?」  「つまり故意に手を抜いたってことか……?」 「そういうことだ」 「犯人はゴーストなのか?」 「それもよく分からん」 「分からない……?」 「襲撃犯はアニムスを使わなかったそうだ。《アルコバレーノ》はアニムスを使おうとしたようだが、その前に素手で叩き伏せられたというわけだ」 「となると……襲撃犯は人間なのか?」 「どちらとも言えんな。この時期にアニムスを持たない普通の人間が、ゴーストと(いさか)いを起こすとも思えんが……」 「なるほど……ある意味、厄介だな」   馬渕に続いて流星も神妙な表情になると、そのまま黙り込んでしまった。  命に別状が無いのなら問題ないのでは。何かマズいことでもあるのだろうか。深雪は首を傾げたが、どうやらシロも同じことを思ったらしく、ぴっと片手を上げて質問をぶつける。 「はいはーい! りゅーせい、どうして厄介なの?」 「あー、要するにだ。アニムスを使わなかったら、相手がゴーストかどうか分からないだろ? それを狙ってアニムスを使わなかったのだとしたら、襲撃犯はかなり狡猾でしたたかだ。おまけに手加減してもこいつらに勝てる技量の持ち主となれば、かなり手強い相手だってことになる」 「アニムスを使い慣れたゴーストを、ここまで見事に無力化させるのは難しい。しかもアニムスを使わず素手でねじ伏せたとなると、絶対に素人技じゃないな」  流星と馬渕の話を総合すると、《アルコバレーノ》たちを襲ったのは、かなりの戦闘能力を有したゴーストである可能性が高く、このまま放置するわけにはいかないらしい。 「いいじゃない別に。そういう奴は見つけ次第、《死刑執行人(リーパー)》に勧誘しちゃえばさ。今までもそうしてきたんだしー」 「相手がそう簡単に勧誘に乗ってくれるとは限らねえけどな……」  事も無げに肩を竦めるマリアに対し、流星は眉をしかめたままだ。  その様子に深雪は少々、引っかかりを覚えてしまう。流星はもともと物事を楽観する性格ではないが、悲観するほうでもない。けれど、今回の《よもつひらさか》の入港に際しては神経を尖らせている気がするのだ。  ここ最近の《監獄都市》は比較的穏やかで、大きな事件が起きているわけでもないのに、流星はどこかピリピリしている。そう感じるのは深雪の思い過ごしだろうか。 「とりあえず襲撃犯を探し出さなきゃって話ッスよね?」 「そこから話すのやめません?」  天沢は犬飼の手が届かぬところから、そう口を開く。犬飼から逃れたい気持ちは分かるし、サンドバックにされるのも同情するが、深雪の背中に逃げてくるのはやめて欲しい。もし犬飼の拳が飛んできたら、深雪には避ける自信がない。 「仕方ねえ……あいつらから聞き出すか」  流星は《アルコバレーノ》に目をやると、首元や腕にシルバーアクセサリーを身につけた、見るからに(ヘッド)だと分かる体格のいい青年に近づいていく。 「《アルコバレーノ》の(ヘッド)はお前だな?」  「そ……そうだけどよ……」  青年は地面に座り込んだまま右肩を抑えていた。右肩を脱臼(だっきゅう)したのか、かなり痛そうだ。しかめ面をしているが、話ができないほどではないらしい。  流星は(ヘッド)を見下ろし、質問を続ける。 「お前らを痛めつけたのは、どんな奴だった?」  「はあ……? 何言ってんだ、てめえ……!」 「髪の色とか年齢とか服装とか……何でもいいから相手の特徴を話してもらいたいんだがな」 「こちとら肩をやられて、それどころじゃねえんだ! 見りゃ分かるだろ!? 痛……ってえ!」 「まずは治療を受けさせた方がいいんじゃない?」  深雪は興奮する《アルコバレーノ》の(ヘッド)をひとまず落ち着けようと流星に耳打ちする。  ところが《アルコバレーノ》の(ヘッド)は深雪をはたと見据えると、次第に目を見開き、深雪の顔を指差して大声で叫ぶのだった。 「あーっ!! こいつ! こいつだよ!!」 「は……?」 「こいつが俺たちをボコったんだ! 間違いない!! なあ、お前ら。こいつだったよな!?」  (ヘッド)は唾を飛ばしつつ、周りで同じように(うめ)いている仲間に同意を求めた。すると他の若者たちも一斉に深雪の顔を見て「うんうん」と(うなづ)きあう。 「そ、そうだ、コイツだ!!」  「服装とか髪型はちょっと違うけど……顔はこいつだ! 間違いないよ!!」 「何を言って……?」  自信たっぷりに口を揃える《アルコバレーノ》のメンバーに深雪は当惑しきりだ。《アルコバレーノ》とは、ここで初めて出会ったのだ。おまけに深雪は大勢を素手で叩きのめすような格闘術を身につけた覚えはない。
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