第37話 選択の時②

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「俺が……? 正気か!?」  深雪は思わず素っ頓狂(すっとんきょう)な声が出た。 「|無論《むろん」だ」 「無理だ! そんなこと俺にできるわけがない! 俺には何の力もないし、事務所のメンバーに認められているわけでもない! そもそもあんたと俺じゃ考え方がまるで違うじゃないか! 俺が《中立地帯の死神》になったら……あんたの築き上げてきたものを、きっと滅茶苦茶にするぞ!」  だが、六道の返答は(いわお)のごとく強固だった。 「そうしたいならそうすればいい……できるものならな」 「そんな……!!」  深雪は衝撃のあまり、それ以上、声が出せなかった。六道は深雪が《死刑執行人(リーパー)》や《中立地帯の死神》を快く思っていないことを知っている。それなのに、どうしてそんな人間を自分の後継者に指名できるのか。深雪には理解できなかった。  いや、これまで兆候(ちょうこう)が無かったわけではない。六道はかつて深雪と二人きりで話をした時、「謝罪の言葉が欲しいわけではない、謝っただけでは済ませはしない」と言っていた。  どうして己の半身を奪った(かたき)である深雪を、事務所に招き入れたのか。深雪を自分の後釜(あとがま)に据えるためだったのだ。おそらく深雪が《監獄都市》に足を踏み入れた時から、六道はそう目論(もくろ)んでいたのだろう。 「どうして……どうして俺なんだ?」  深雪が震える声でそう問い質すと、六道は事も無げに答えを口にした。 「《中立地帯の死神》になれるのは、俺の他にお前しかいないからだ」 「何の基準でそんな事を言うのか分からない! 俺より流星のほうがずっと有能だし、《中立地帯の死神》に相応(ふさわ)しいだろ!」   しかし、六道は静かに首を振る。 「赤神は駄目だ。本人が《中立地帯の死神》になることを望んでいない」 「俺だって、そんなこと望んでなんかない!」 「だがお前には《レナトゥス》がある。俺の《タナトゥス》と同じ、アニムスを無効化させる力だ。ゴーストにとって最も恐ろしいのは、アニムスを封じられることだ。だから《死神》になれるのはお前しかいない」  六道が言っていることの、理屈はよく分かる。とどのつまり、深雪の持つアニムスが《中立地帯の死神》に最も相応しいからという理由なのだろう。  だが、それは雨宮や碓氷(うすい)たちと同じではないか。深雪の意向に何ひとつとして耳を貸さず、《レナトゥス》を持っているという理由だけで命令に従わせようとする。彼らと六道の主張は何が違うというのか。  「俺のアニムスを利用しようってのか……? 結局、お前も俺の《レナトゥス》を自分の野望の為に利用しようってだけじゃないか!!」 「ああ、そうだ」 「く……!!」  六道は悪びれもせず、深雪の指摘に(うなづ)いた。深雪はきつく唇を噛む。 (弁解(べんかい)の言葉すらないのか!)  分かっている。六道がその場しのぎの綺麗ごとを吐くような性格ではないと。六道はただ己の本心を口にしただけなのだ。  だが深雪は、とても割り切ることができなかった。自分はクローンだと明かされ、信じていた家族も偽物だった。裏切られ、さんざんモノ扱いされたあとで、トドメを刺すかのように《中立地帯の死神》になれと言われても到底、受け入れられるはずがない。  どうしてみな、深雪の未来を勝手に決めようとするのか。どうしてみな、深雪を利用することしか考えないのか。  深雪の苦悩などお構いなしに、六道は淡々と続けるのだった。 「もうひとつ理由がある。それは、お前が持たざる者であることだ。《中立地帯の死神》はその名の通り、死を司る存在だ。ゴーストの命を刈り取ることで《監獄都市》の秩序を維持する……孤独で残虐な仕事だ。時には当然、人道から外れた判断や決断を迫られることもある。守るものの多い者、しがらみの多い者には《中立地帯の死神》は務まらない。背負うものが多ければ多いほど、いざという時の判断が鈍るからだ。それが強みとなる役割(しごと)もあるだろうが、《中立地帯の死神》に限って言えば、そうではない」 「俺には失うものが何も無いから……俺が《死神》になっても悲しむ人は誰もいないから、俺には《中立地帯の死神》になるのがおあつらえ向きだって、そう言いたいのか!?」 「簡潔に言うと、そういうことだ」 「お前、どれだけ自分が横暴(おうぼう)なことを口にしているか……どれだけ残酷非道(ざんこくひどう)なことを言っているか、分かってるのか!」  深雪がさらに語気を荒げると、六道はわずかに声を落とした。 「……お前の言う通り、俺はお前を地獄へ引きずり込もうとしているのだろう。だが……俺にはそうする権利がある」 「権利……? 何だよ権利って……! 何なんだよ……!!」  深雪はパーカーの襟元を掴む六道の手を乱暴に払うと、両手で自分の顔を覆った。  六道の話は聞けば聞くほど眩暈(めまい)がする。六道は分かっているのだ。深雪には他に選択肢が無いことを。深雪が六道の条件を拒み、東雲探偵事務所を飛び出せば、今度こそ陸軍特殊武装戦術群に連れ戻されてしまう。  それが嫌なら―――このまま東雲探偵事務所に在籍したければ、六道の突きつけた要求を呑むしかない。  六道はずっとこのタイミングを待っていたのだ。深雪が自らの生い立ちと、自分の置かれている立場を知り、《中立地帯の死神》になることを拒めなくなる状況を待ち()びていたのだ。 「これが……これがお前の復讐なのか。俺がお前のやり方を……《死刑執行人(リーパー)》を嫌っているのを承知で、俺を《中立地帯の死神》にしようとしている。俺が《中立地帯の死神》になったら終始一貫(しゅうしいっかん)、苦しむことになると知っていて、それでも針の(むしろ)に座れと言っているんだ!」  復讐なら復讐だと、そう言ってもらったほうが、まだしも気が楽だ。これが六道の復讐であるならば、深雪自身が招いた(ごう)として受け入れることもできる。  しかし、自分がクローンだという理由でこんな目に遭うのは絶対に耐えられない。クローンであることも、《レナトゥス》を得たことも、すべて深雪が望んだわけではないのだから 。  しばらくの間、六道は無言だった。どうして何も言わないのか。深雪が(いぶか)って顔を上げると、六道はようやく静かに話しはじめる。 「……このままではお前は未来永劫(みらいえいごう)、他人に支配され、道具として生きて死ぬだけだ。《レナトゥス》の《器》として消費されて終わる人生……お前は本当にそれでいいのか?」 「お前だって同じじゃないか……! お前だって自分の後釜(あとがま)に据えるために、俺を利用しようとしている。結局、お前にとっても俺はただの道具じゃないか!」 「ああ、そうだな。だが同じ道具でも研究所に連れ戻され、完全に自由を奪われるよりはいくらかマシだろう。俺はお前にこの街で生きて死ぬ理由をやる。研究所に戻るのか、それとも《中立地帯の死神》になるのか……選ぶのはお前自身だ」 「選ぶ……? そんな無茶苦茶な選択肢しかない状況で、何をどう選べっていうんだ!!」 「だが、それでも選ぶんだ」 「そんなこと俺にはできない……!」  深雪の声はだんだん弱々しくなり、尻すぼみになっていく。  ―――どうして。どうして、こんな目に合わなければならないのか。考えれば考えるほど、何もかもが嫌になってくる。
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