お父さん

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 そんな毎日を過ごしていくうちに女のお腹ははち切れそうなくらい大きくなり,いつ出産してもおかしくない状態になっていた。  お店も店内で出産されたり急に救急車を呼ぶことを嫌がり,出産予定日の一週間前から女の出勤を禁止した。それでも女はギリギリまで働きたいと言っていたが,お店の頑なな態度に諦めて自分の部屋に閉じこもって過ごした。  予定日が過ぎて三日後に,女は誰の助けも借りずに自分の部屋で出産をした。ビニールシートを敷いた上で汚れた布団に横たわり,脚を大きく広げ,タオルを口に咥えてほんの数十分で小さな男の子を汚い布団の上に産み落とした。  なにもできずに横たわっていた中年男は,緊張したまま目の前に転がる真っ赤な肌の赤ちゃんを黙って見ていた。男の表情は硬く,汚い部屋のなかで出産できることに驚いていた。  小さなベトベトに濡れた肉塊のような赤ちゃんが産声を上げ,小さな手足を動かした。その様子は男にとっては衝撃で,自分の家の跡取りを産むために雇った女が自分の目の前で出産することまでは想像できていなかった。そもそも出産一カ月前から同居するという契約も理解できずにいた。 「くっそ……何度やっても慣れねぇな……でも,よかった。男で。ほら,女だったらそこいらに転がってる袋が増えてたよ……」  ゆっくりと這うようにして赤ちゃんを取り上げると,そのままコンビニ袋に入れてしっかりと封をした。そしてそのコンビニ袋に入れられた赤ちゃんを布団の端で緊張している男に放り投げた。 「はい……八二〇〇〇グラムのお父さんの誕生です。じゃあ,人に見られないようにして,そいつを持ってさっさと消えてね。これで契約は完了だから」  コンビニ袋から体温が伝わってくると,男はどうしてよいのかわからないまま両腕で優しく包み込んだ。息ができないんじゃないかと不安になり,ほんの少し袋を緩めて空気を入れた。 「残りの金は約束通り現金だから。わかった?」  男は黙ったままコンビニ袋のなかで動く赤ちゃんを抱きしめた。袋越しに伝わってくる体温は,いままで目の前の女のお腹の中にいたと思うと複雑な心境になった。 「もう一人欲しかったら,契約内容は同じだから。よ・ろ・し・く・お父さん……」
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