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女は真っ暗な道を少し歩いて大通りに出いると,街灯の下に立ち流れてくる車のライトに視線を向けた。五分ほどしてお目当ての車が視界に入ると,そっと片手を挙げ自分の存在をアピールした。車は減速しながらハザードランプを付けて停まり,自動でドアが開くと同時に女は慣れたように身体を滑り込ませた。
「あら……運転手さん,ご無沙汰ね。元気でやってた?」
「ええ,いつもありがとうございます。これからお仕事ですか」
「うん,そう。運転手さんも一度お店に来てよ」
「ありがとうございます。一度行ってみたいのですが,貧乏暮らしの僕みたいなのは余裕がないのと,なにより場違いかと」
「なに言ってんのよ,サービスするから」
女は毎回こうやってタクシー運転手の顔写真と名前を見ながら,営業トークでお店までの十分間を潰していた。
「でも,お客さん。そろそろ出産も近いんじゃないですか? 前回お乗せしたときはもう8カ月だって……」
「あ……そうそう。よく覚えてるね? 来月あたりじゃないかな?」
「大変ですね。そんな時までお仕事されるなんて」
「まぁね……稼がないとね……。これも仕事だから……」
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