そにょ1

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そにょ1

 私はシンデレラ=バルファン。18才。父さんと二人で町の片隅で『ドムベーカリー』というパン屋兼スイーツ屋をやっている。ありがたい事に結構繁盛している。スイーツは私の担当。アップルパイとか色々人気あるのよ。  あ、ドムは父さんの名前ね。  で。つい先日、水運んでて石段で滑って頭を打った際に、ありきたりだが前世の記憶を思い出したのだ。  前世の私は、そらぁもう腐女子だった。アニメとラノベとゲームアプリ(恋愛系)をこよなく愛し、高校に隠れてバイトした金で友達と声優イベントに参戦。グッズは保存用と普段使い用とダブルで買うわ、ゲームアプリのキャラクターガチャが都内の某ゲーセンで最初に出ると聞けば、始発で並ぶわ。 「生身の男?はんっ、好かれたきゃ次元を落としてから出直して」  とのたまう、清々しいほどの痛い子だった。なかなか見た目は可愛かったのにねぇ。  ふと目を開けるとベッドの上だった。  オロオロと頭に濡らしたタオルを新しいのに替えていた義妹のマリアが、 「姉さま!目が覚めたのねっ!」  と目を覚ました私を見て、慌てて義母を呼びに出ていった。  義母のカタリナは私が12才の時にマリアを連れ父さんと再婚した。  母は私が3才の時に肺炎をこじらせて亡くなった。10年近くヤモメを続けていた父さんを、同じく旦那と死に別れた義母が御近所のよしみで世話をしていたのがいつのまにか愛に発展したようだ。  死ぬまで父さんは独り者なのかと心配していた私は、義母に感謝した。マリアもくっそ可愛かったし、義妹まで出来るなんて父さんグッジョブと思った。  そんなこんなで現在に至るのだが、前世の記憶がわんわん入ってきて頭が混乱する。  義母のカタリナが、 「レラちゃんっ、頭は大丈夫なのっ?」  と飛び込んできた。  頭は大丈夫かって聞き方によったらなんか酷い言われようだけど。 「……かあさん、大丈夫なんだけど声がでかい」 「ごっごめんなさいね、倒れたって聞いてもうあたしビックリしちゃって」  カタリナは胸元を抑え、安堵の息をついた。マリアに似て金髪で蒼い目が美しい美魔女である。  ちなみに私は死んだ母さんにそっくりと言われたプラチナブロンドの髪とエメラルドグリーンの瞳で、スタイルも仕事をしてるせいか贅肉もつきにくく、なかなかのスタイル。美人だと言ってくれる人もいるが、自分では義母やマリア見てると至って平凡だと思っている。  まあ客商売だし、あまりひどい顔で産まれなくて良かったと思いはするけど。  だって、美容整形手術とかないもんね。100%天然素材で勝負しないといけないのは、うら若い乙女にはキツい事もあるよね。  とりあえず前世の記憶と今の記憶の整理がつかない状態だった私は、義母とマリアを「頭がまだ痛いので眠りたい」と追い出した。  ベッドに横たわったまま天井を見つめる。  前世の私は、コミケというイベントでの帰り道に、酔っぱらいの運転するトラックにはねられて亡くなったようである。享年17才。  きっとはねられた時に、買ったグッズやら本やらがばらまかれたのだろう。かなり買い込んでるシーンがとりとめなく自分の行動として見えたから。    前世の私の記憶に自分で言うのもなんだが、かなり恥ずかしい死に目である。息子が母親に部屋の掃除をされてエロ本が発掘されたのと似たような恥ずかしさである。  しかし、よく考えて見ると、好きなことを好きなようにやっていたのだから思い残す事はなかろう。  買ったばかりのお気に入りの作家の新作を読めてないのは心残りだろうが、可愛い盛りの娘を置いて亡くなった母ほどではあるまい。  しっかし。  なんでこのタイミングで記憶がよみがえったのか。  もう18年もこの世界で普通に生きてたのにねえ。今さら知ってどうすんですか、ってことですよ。  ゲームも漫画もこの世界にはありませんしね。  ……いや、ちょっと待て。  なんか別のシーンが見えた。  ゲームアプリの話を友達と話しながら彼女は『逆ハーの末にこんなイケメン王子様と結婚出来たらウハウハよねぇ~』とか言ってた。  逆ハーとは逆ハーレム、つまり女が男にモテモテになることだ。  え?何か?前世の記憶が甦ったのは、そろそろ結婚してもいいお年頃だから、前世の彼女の為にあちこちの男に粉まいてビッチになった上に、この国の王子と玉の輿狙えってか? 「ふざけんな。私はスイーツの店を独り立ちして出すのが夢なんだっつーの。逆ハーも王子も興味ないし」  誰に向けてるのかも解らない独り言を漏らす。  まあ王子なんて、一般の庶民には縁もゆかりもないからいいんだけど。  そんな、お伽噺じゃあるま……い……え?  思いながら、ベッドからガバッと飛び起きた。 「シンデレラ……って童話があったよな……」  継母や義理の姉たちに虐められつつ、けなげに生きるシンデレラ。  みんなが憧れる舞踏会なのに家の掃除を押し付けられて母と姉たちは出かけていく。  そこへ現れた魔法使いにドレスとガラスの靴を借りて舞踏会に行って王子様とうまいこと踊り、帰る時間に慌てて走った際に靴を片方脱ぎ落としたのを拾った王子が、『この靴の持ち主を妃とする』とかお触れ出して、国中を靴持って探し回って未婚の若い女性に履かせて主人公を見つけるみたいな夢見がちな少女が目をキラキラさせて憧れるサクセスストーリー。  結構不気味だったわ~この話思い出したとき。  前世の彼女も幼い時には怖がってた。  重そうで割れやすそうなガラスの靴を貸した魔法使いも可笑しいと思うし、人の落としたガラスの靴を後生大事に持って帰って、従者に少女達の家を回らせた王子も常軌を逸してるとしか思えなかった。  大体、ダンスしただけだよ?  ちょっと会話しただけだよ?  なんでそんなんで生涯のパートナー決めちゃう訳?  病んでるよね絶対に。  そんな王子(後に国王じゃん?)のところに喜んで嫁に行きたいと思って靴のサイズに合わせてかかと切り落としたり爪先切ったりした姉たちも相当病んでたと思うけど。会えばバレるじゃん。  靴も血まみれじゃん。  そもそも同じ足のサイズなんて、腐るほどいるっちゅうねん。みんな違ってたら既成靴屋なんかねえっつうの。  主人公のとこに辿り着くまでに足のサイズぴったりの人がいたらその人と結婚したのかよあんたは。  何だかんだ理由つけて靴が履けただけで連れてこられた関係ない子は排除したよね間違いなく?  夢見る乙女を一方的に傷つける資格があんたにあるのか?  そんな行き当たりばったりの人でなしが後々国を治めるとか未来は真っ暗闇よね。  なぜこんな病んでる王子と結婚することがサクセスストーリー(シンデレラストーリーとも言われる)ともてはやされているのか、幼い彼女は全く理解出来なかった。  私も当然理解出来なかった。  そこら辺で「おっかない現実社会のあり得ない価値観の押し付け」からの忌避行動から彼女の2次元への傾倒が始まる訳だが、それは責められないなと個人的には共感出来た。  しかし彼女は成長し、そっからくるっと趣旨がえし【王子様というブランド】への溢れる想いが止められない乙女になったのも、実は仕方がない部分ではある。  恋愛ゲームでの王子含有率の高さやイケメン率は半端ない。  そして大概『デキる男』で『自分だけを溺愛』して『甘やかして』くれるのだ。   そら『そこらの農家の三男で顔は今一つだけど優しさはピカ一』とか比べ物にならないよね。分かる分かる。  でも、それとこれは別だ。  大体あれは架空の物語だ。  確かに私はシンデレラという名前ではある。  義理の母も義理の妹もいる。  若干かぶってるが、そもそも義母とは仲良くやってるし意地悪された覚えもない。  義妹とはいえマリアは本当に素直で可愛く、溺愛してるといっても過言ではない。  魔法使いとやらも会ったことがない。  つまりは、 「テイスト似てるけどあくまで似てるだけ」  ってことですよ。  それになー、私は彼女と違って王子様とか全く興味ないし、同世代の男にも興味がないのだ。  私は一回り以上離れてるくらいの落ち着いた女慣れしてないピュアなオッサンが好きなのだ。チャラい若者は好きになった試しがないのよね。  彼女が【フケ専】と嘆いてる気がするが知ったことか。  大体18の女が一回り上と言ってもせいぜい30過ぎだっつうの。40位までは射程圏内だけどさ。  でも、大概30過ぎてるとタイプのオッサンは既婚者で片想いばかり。このままでは確実に嫁き遅れ確定だけど、だからといって同世代には惹かれない。  困ったもんではあるが、最悪父さんみたいにヤモメとか見つけて再婚を考えてる好みのオッサンがいるかも知れないし、まだ諦めてはいないのよ。  前世の記憶なんて思い出したせいで考え過ぎて要らぬ不安まで覚えたわ。まったく。  今日は1日休みになったんだし、寝るか。  私はすっかり安心して普段の寝不足を解消すべく惰眠を貪るのであった。  明日には同じ1日が始まると信じて。
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