01『昇降口の惨劇!』

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01『昇降口の惨劇!』

かの世界この世界:01 『昇降口の惨劇!』     寺井さ……  声を掛けられた時にヤバいと思った。  寺井さんと声をかけるつもりが、ほとばしる怒りの為に「ん」が消えている。寺井さんの「ん」まで続けてしまえば、その時点で動物的な叫びになって掴みかかって来ただろう。  美しい冴子の顔が嫉妬と憎しみで歪むのは、わたしに原因があるんだろうけど、おぞましい。 「なにかしら、二宮さん」  昨日まで「冴えちゃん」とフランクに呼んでいたのだから、改まった苗字では他人行儀を通り越し、互いに針の先を突き付けたように剣呑だ。  階段を下りてきた二年の生徒が「ヒッ」っと声をあげ、二階へ戻っていってしまった。  斜陽気味であるとはいえ、有数のお嬢様学校であるループ学園。こんな剥き出しの憎悪がぶつかり合ってるところなど見たことがないんだ。 「昨日の事だったら二宮さ……冴子の誤解だから」  だめだ、階段の下から言えば、どうしても上目遣い。上目遣いは、それだけで挑戦的になってしまう。  それに、夕べろくに寝ていないので目の淵にはクマが出来ている、いっそう恨みがましく見えているに違いない。  ああ、冴子がキレる。  そうだ、階段を上がって、冴子と並行になろうと思った。並んで正対すれば話ができるかも……。  冴子は、そうは取らなかった。  キーーーーーーーーーー!  猿のような叫びをあげると、爪を剥き出しにして飛びかかってきた!  そして、わずかに取り戻した冷静さも吹き飛んでしまった。  昇降口に繋がる階段の残り五段余りを、もつれ合ったまま落ちていく。周囲の生徒たちが悲鳴を上げて散っていく。 「ちょ、冴子!」 「いつもいつもいつも、盗っていくんだ、わたしの大事なものは、いっつも盗っていくんだ、ヤックンはヤックンは、わたしが! わたしが!」 「離して! そっちこそ勝手に嫉妬してっ! 離せ! 離せ!」 「返せ! 返せ! わたしのヤックン返せえええええええ!!」  日ごろお嬢様然として抑えていたものが爆発したんだ、ブレーキが効かない。  バリ!  ブラウスのボタンが飛んで、顎に痛みが走る。どこか血管が切れたんだろう、冴子の頬に返り血がとんだ。  冴子の目の焦点が合わなくなってきている。  なんとかしなければ、次の瞬間、冴子の指はわたしの喉に食い込んでしまう。  パシッ!  思い切り張り倒した。  もう言葉ではどうにもならない、とっさの判断、いや、わたしも切れていたのかもしれない、冴子の頬には三本の爪痕が走ってしまった。  ウオーーーーーー!!  さっきの数倍の殺気を放ちながら跳びかかって来た!  グフ…………  傘があったのが悪いんだ。  ただ、自分を庇おうとしただけなのに、傘の先は深々と冴子の胸に突き刺さり、冴子の重みに耐えきれずにくの字に曲がってしまった。  キャーーーーーーーーーーーーーー!!  ほんの十秒前まではクラスメートであり、同学年であり、上級生であった生徒たちが、猛獣を見るような目で見て、いや、恐怖している。 「ち、違うんだって、こ、これは……」  ギャーーーーーーーーーーーーーー!!  わたしは、そのまま逃げることしかできなかった。
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