17『なにかお困り?』

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17『なにかお困り?』

かの世界この世界:17 『なにかお困り?』      無意識にポケットをまさぐる。  分からない事があると脊髄反射でスマホを捜してしまうのだ。  今は昭和63年だから、スマホはおろか携帯も存在しないのだ。  なんとも落ち着かない。  スマホがあれば、A駅近辺の喫茶店で検索できる。それ以上にスマホを持っていないという現実を突きつけられ、とても不安になる。  スマホ無しで、どうやって調べたら……。  人に聞くしかない……至極当たり前の解決策が湧いてくるが、これが容易なことではない。  子どものころから見知らぬ人は不審者という決めつけがある。  小学校入学時から防犯ブザーを持たされ、見知らぬ人に気をつけましょうと注意されてきた。  当然世間の大人たちも子どもにものを尋ねるようなことはしない。  路上でものを尋ねて警戒されないのは、マイクを持ってカメラマンを従えているテレビ局とかの人間だけだ。  どうやって聞いたらいいんだろう……。  駅前の交番が目についた。うまい具合にお巡りさんも居る。  足を向けてためらわれた。  わたしは別の世界の令和二年からやってきた人間だ。  三十年以上のギャップ。数分でも会話すれば、なにかボロが出てしまうんじゃないか……こちらは日の丸が白の丸になっているように、とんでもないところで違いがある。  もし、異世界の令和二年から来たと分かったら……いや、そもそも信じてもらえない。  変なことを言う女! 話すことがズレてる! 某国のスパイか工作員か!?  次々に湧いてきて、顔が引きつるだけで身動きが取れなくなってしまう。  なにかお困り?  口から心臓が飛び出しそうになった!  胸を押えながら振り返ると、買い物帰りのオバサンが穏やかな笑顔で立っていた。 「あ、はい! 困ってるんです!」  ほとばしるように言ってしまった。 「そうなの、怖い顔して、とても思い詰めてるように見えて。お節介でなくてよかった。で、どうなさったの?」  なんだか、とても懐かしい感じのオバサンで……というか、わたしが、そこまで途方に暮れていたということなんだ。 「この辺に、ミカドっていう喫茶店ありませんか?」 「ミカド……ミカドね……」  どうやらハズレ……すると、同じような買い物帰りのオバサンが寄って来た。 「どうしたの?」 「あ、おけいさん。この娘さんが……」  どうやらお仲間の様子。 「ああ、それだったらB駅じゃなかったかな。カタカナ三つの喫茶店が開店してた。A駅前を考えていたらしいけど、借地料が合わないとかで、ここいらは駅前の再開発で地価が上がってるからねえ」  そうか、反対だったんだ! B駅も隣だ! 「ど、どうもありがとうございました!」  頭を下げると――お母さーん――という声がして、ロータリーの向こうから学校帰りの女子高生が駆けてくる。  ほんの一瞬だけ見えて、逃げるように駅の構内に向かった。  一瞬だったけど確信した。  あの女子高生は、若いころのお母さんだ。  オバサンが懐かしかったのは、三年前に亡くなったお祖母ちゃんだったからだ。お葬式に来てくれたお婆さんの一人がナントカ恵子さんだったような気がする、それがおけいさん?  そんな思いも振り捨てて、B駅を目指して電車に飛び乗った。  
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