23『8時58分 わたしのリアル』

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23『8時58分 わたしのリアル』

かの世界この世界:23      『8時58分 わたしのリアル』    もう屋上から飛ぶしかないかも……  学校中を捜してもピッタリの鍵穴は見つからず、昇降口の階段でヘタってしまう。  ヘタってしまうと、さっきまでの勢いはどこかに行ってしまって、わたしの呟きにギクッとする健人。 「もう飛ぶ気も無くなったんでしょ?」 「ん、んなことねー」  熱しやすく冷めやすい健人、これ以上言うと、このまま家に帰って布団をかぶってしまいそう。  まあ、互いに呼吸が整えてからだと口をつぐむ。  無人の昇降口に、せわしない二人のブレスだけが際立つ。  ダイブは、三年に一度、学校で七人だけが許される。    この世界は、わたしが寺井光子として存在していた世界に酷似しているが、根本のところが違う。  この世界は対応する異世界と対になっていて、異世界が混乱すると、その影響がモロに出る。  想定外の事故や災害は、異世界の混乱に原因がある。  想定外の事故や災害の数カ月後に、選ばれた学校に白羽の矢が立つ。  矢が立つと言っても、本物の矢が飛んでくるわけではない。  生徒のスマホや携帯にメールの形でやってくる。選ばれた生徒はメールに指示された相手に応諾を伝えたうえで創立記念の日にダイブする。  応諾を伝える相手は、年によって変わる。  校長である場合、特定の生徒である場合、先生の誰かである場合もあれば、特定のクラスの掃除用具入れである場合もあり、トイレの便器であったり校庭の桜の木であったりもする。  ダイブし、異世界で成果を上げれば、成果の出来に従って、こちらの世界の災いが軽減される。  そして成果を上げたダイバーも、成果に応じた報酬を受けられる……とされている。  されている……というのは、こちらに戻った時には、なにが報酬であったかを忘れるからだ。  健人はスマホのメールに気づくのが遅れた。 ――有効期限が切れました。ダイブは六人で行われますが、どうしても参加したい場合は六人の同意を得るか屋上から命を懸けてダイブするか、いずれかの方法でも可能です。その場合でも、リミットは創立記念日の午前九時までとします。あなたの報告相手は幼なじみの小早川照姫です――  健人は六人に頼み込んだが、ダイブの朝、女装して来ることを条件にされてしまったのだ。  そして、この昇降口に至っている。  これってなんだ? まるでヘタレ系異世界転生ラノベのプロローグみたいじゃない?  頭に一冊のノートが浮かぶ……『アイデア帳・1』の表題の下には小早川照姫と一字ずつ色を変えて記名してある……ペンネーム? そうだ、寺井光子のペンネーム……始めて作ったアイデア帳だ。ふと浮かんだアイデアをチマチマと書き連ねた落書き帳……その中に、こういうアイデアがあったんだ。寺井光子の脳内幻想の欠片たち……でも、昇降口でヘタレの健人と並んで息を整えているのは小早川照姫、口から飛び出しそうな心臓、額やこめかみから伝う汗はめっぽうリアルで、唇に垂れてきたのを舌でなぞると、ちゃんとしょっぱい。  ここは小早川照姫がリアルな世界……え? わたしのリアルは光子……光代? 光姫? 苗字は? 「なんとかしてよ、テル」 「なんとかって、健人の問題でしょうが!」 「だって、テルが引っ張り回すから」  ムカ!  張り倒してやりたくなるが、ここは押える。時間がないんだ! 「飛び降りなくていいから、いちど屋上に行ってみよう」 「また屋上に?」 「行くよ!」  ゲシュタルト崩壊している健人の襟首を掴まえて屋上への階段を駆け上がる!  チラ見した時計は8時58分を指していた。  もう一つの名前はもう思い出せなくなってしまった…… ☆ 主な登場人物  寺井光子  二年生 今度の世界では小早川照姫  二宮冴子  二年生、不幸な事故で光子に殺される。回避しようとすれば光子の命が無い。  中臣美空  三年生、セミロングで『かの世部』部長  志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長   小山内健人 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ          
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