06『二日前・3』

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06『二日前・3』

かの世界この世界:06 『二日前・3』         ヤックンの視線を遮るように冴子が、わたしの前に座った……。  以前のわたしだったら、ただの偶然だと思うだろう。  でも、今は違う。  明らかに――わたしのヤックンに近づくな!――と、背中で言っている。  作業が終わったら、さっさと帰ろう。  こないだは、ぐずぐず残って、ヤックンと二人きりになってしまった。  告白なんて、そうそうできるもんじゃない。  二人きりになる状況と決心をはぐらかせれば、なんとかなる。  ヤックンは冴子のことも嫌いではないはずだ。うまく誘導すれば、冴子の方に向かせることだってできるだろう。  もともと、今日は行けないと言ってあるんだ。さっさと帰っても不自然じゃない。  よし!  最後のお札に取り掛かる、これを仕上げれば帰れるぞ。 「それが最後だよね?」  仕上げの熨斗を掛けたところで、高階さんが話しかけてきた。 「は、はい」 「野本さん(具合が悪くて休んでる一人)入院することになったんだ」 「入院……じゃ、巫女神楽は?」  野本さんは、もう一人の遠野さんと二人で今年の巫女神楽をやることになっていたんだ。 「急に申し訳ないんだけど、代わりに入ってもらえないかな」 「え……もう二回もやって……十六だし……」  巫女神楽は十三歳の女の子がやるのが伝統だ。 「うん、でも、別の子が一から覚えるには時間がね。テレビの取材もあるし……実は、遠野さんも野本さんがやらないんだったら、降りたいって」  気持ちは分かる、過去二回もやってる私と並んだら緊張はハンパないだろう。  でも、それだったら冴子に頼んでもいいんじゃないかな。冴子は遠野さんとも近所で顔見知り、わたしとやるよりはましだ。 「冴ちゃんにはOKもらってる。つまり、一昨年と同じ組み合わせでやろうと思うんだ」  うう……神楽のお囃子にはヤックンが入る。とうぜん稽古と本番で何度もいっしょになることになる。  ヤバいよ、そうそう不自然な距離をとれるもんじゃない。  しかし、断るに十分な理由がない。  だいいち、高階さんを始め、この夏まつりの世話をしている人たちに迷惑をかけてしまう。  どうやったら、元の時間に戻れるかは分からないけど、ヤックンの告白を回避しない限り戻れないような気がする。 「……分かりました」  数秒置いて返事をする。もどかしさと暗い後悔が胸にわだかまる。  そのあといろいろあって、最悪なことに帰り道がヤックンと二人になってしまった。  当然、冴子も誘ったんだけど、なんだか不機嫌に断られた。 ――これで、ヤックンに告白させたら、もう、世界の終わりなんだよ!――  まさか正直に言うわけにもいかず、ここから逃げ出すわけにもいかず、良い回避方法も見つからないまま、ズルズル、ヤックンと帰ることになった。  そして帰り道。     夜道にいくらでもキッカケは有ったというのに、ヤックンは告白してこなかった……。  
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