【その2】

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【その2】

 姫川先生は33歳で料理研究家をしています。  結構いいとこの生まれなので、別荘代わりに使っていた横浜の馬車道近くの家を独立の際に貰っていました。  また、トレーダーとしてかなりの財も稼いでいたので、別に表に出て働く予定もなかったのですが、趣味の料理を友達に振る舞っているウチに、雑誌の記者をしている友人から声をかけられて現在に至るといったところでした。  実は料理本も何冊か出ており、それなりに売れっ子なのですが、華が本屋で買うのはゲームの攻略本くらいなので全く知りません。  筋トレは単に家から出ない生活が多いので不健康にならないようにやっていただけなのですが、栄養価のある食事と筋肉が付きやすい身体のおかげでここ数年で威圧感のあるボディーになってしまい、コワモテなせいもあり女性からも避けられがちです。私立の男子校生活も重なり、女性とも縁がなく未だに女性経験もありませんでした。  華の父親との出会いは、料理教室に来た生徒と講師としてでした。  女性ばかりの教室に40半ばのオッサンが来るのは勇気がいったようで、場違いな空気に居たたまれなくなっているところにマメに声をかけたのがきっかけです。 「いや、娘が本当に美味いモノに目がなくてねぇ。妻も亡くしてるので俺が頑張って色々と作れるようになりたくて」  4年前、当時まだ中学生だった華の写真を見たときの姫川の衝撃は一言では言えません。  完璧に盛り付けされた料理のように美しい彼女に完全に一目惚れでした。  口が悪いとかガサツとか言ってましたが、そんなものはどうでもいいと思えるほど華にノックアウトされました。  初恋です。  でも姫川はいい大人です。  中学生に手を出すようなロリコンではなかったので、せめて高校を卒業してから徐々に囲い込みをするつもりで、白雪パパと飲みにいったり家に招待して料理を振る舞ったりといい付き合いを保ちつつ、自分の料理の腕もスイーツの腕も磨きに磨きあげました。  ついでに格闘ゲームとギャルゲーもマメにチェックして地味に知識と技を鍛えたりもしています。漫画は元から好きなのでそこは問題なさそうでした。  自分はこんなコワモテの見た目です。  あんな美人から好かれる訳はないので、胃袋からまず掴みに行く予定ですが、失敗した時には共通の趣味というところから回り込む作戦です。  ようやく高校を卒業してくれたので、さてこれからどう取り入ろうかと悶々としていたところに、上手い事白雪パパから、 「娘にどこに出しても恥ずかしくないレディーに鍛えてやって欲しい」  と相談されました。  姫川は歓喜しかありません。  勿論、どこにも出すつもりはありませんでしたが、餌付けして自分の嫁にしますんでとは流石に言えません。  ウキウキと仕事を調整し、一週間の休みをもぎ取り、「他ならぬ白雪さんの頼みだから」と恩を売ったていを装い、無事に華を連れてきて貰いました。  逃げ出し捕獲要員に7人もの男がやって来たのは予想外でしたが、まあこれも白雪パパのところの人達だけあって餌付けしやすそうなので、味方につける方が得策です。  18になった華は、それはそれは美しく、間近で見た途端に気が遠くなりましたが、白雪パパの言うとおり、本当にヤンチャな言動で別の意味で気が遠くなりました。  それでも話してみると素直だし、人を気遣える優しいところもあり、スイーツや食事にホイホイ釣られる単純なところも、姫川には大変好ましいものでした。  姫川は、24時間交替制で華を見張る7人の護人も必要ないんじゃないかと思っていましたが、「ゲーマーからゲーム取り上げたら廃人なんじゃーっ」と二日目の夜中に脱走したところを捕獲されていましたので、白雪パパの読みは流石だと思わざるをえませんでした。 「ゲームもご褒美に入れようか。実は俺もゲームするから気持ちは分かるよ」  と翌朝慰めたら、 「姫川先生っ!たのんます!もうコントローラがアタシを呼んでるんだよ!ほら、我慢し過ぎて手が震えてるだろ?見てくれよ!スマホも返してくれ!みのりちゃんとのデートがあんだよ!スキルあげもしとかねえとすっぽかされるんだよっ」  とアル中患者のようにぷるぷるした手を姫川に差し出してきたので、思わず握りしめたくなるのを我慢するのが大変でした。 「漫画も超オススメなのが結構揃ってるんだけどなーウチ。逃げると読めないよ?」  と囁くと、華が目を見開きました。 「兄さ………いや姫川先生!マジですげーな!どんだけピンポイントでアタシの幸せゲージ上げてきやがるんだよ」  キラキラした目で頬を染めた華は、押し倒したくなるほど魅力的でした。  姫川の自制心も家出しそうになるほどの威力でしたが、ここはまだ忍耐の時です。 「じゃ、頑張ろうか華さん。もうちょっとだから」 「おう!任せとけよ。バッチリとTPOってのを見極めて女らしく振る舞えるように出来りゃいいんだろ?頑張るぜっ姫川先生!」  華は既にスカートを履いてる時には大股開きにも胡座もかかないようになっています。  食事もガツガツというより美味しそうによく食べると言うレベルに、スイーツは元から好きだったせいか食べ方はとても綺麗だったので文句なしです。  夜中逃げ出す事もなくなり、姿が見えないなと思ったら図書室で漫画を読み漁ってたり、ゲーム部屋で格闘ゲームでストレスを発散していたりするようになり、4日も経つと問題なかろうと7人の護人も安心して帰って行きました。  仲間に仕事の負担をかけていたのが心苦しかったと言うので、姫川は笑顔で「お任せ下さい」と気持ちよく追い出せてご機嫌でした。  無事に一週間が終わり、飴とムチの使い方がうまかったのか、華は迎えに来た善造が号泣するほど女の子らしい言動が出来るようになりました。 「姫川先生、本当にありがとうございました!アタ………私がかなりマシになったのは、先生のお陰だ、です」 「華さんの努力ですよ」 「先生、本当にありがとうございます!このご恩は一生忘れません!!」  頭を下げた善造に、いやいや、と首を振り姫川は告げました。 「一週間で出来ることなど付け焼き刃でしかありません。環境が戻ればいずれ元通りです。これから週に一度はウチに通ってマナーとかの復習がてら、新作スイーツの味見でもしませんか華さん?」 「え?………また来てもいいの?まだ読んでない漫画も沢山あるし、残念だと思ってたん………の」 「勿論です。華さんは本当に美味しそうに食べてくれるので作り甲斐がありますしね」  華は既に姫川のご飯とスイーツの虜でした。  ガチムチのコワモテな兄さんだと思ってましたが、笑うとなんか愛嬌あって可愛いところもあるし、優しいし、自分なんかより女子力も高いし、趣味も一緒で話が合うし、ここでもう暫くお世話になってもいいのになー、と思っていたところだったので、喜んで了承しました。  その後、週に一度が二度になり、いつの間にか一緒に暮らすようになり、華が姫川に美味しく頂かれてしまう頃には、既に華は姫川が大好きになっていたので何の問題もありませんでした。  そして、20歳になった華は、結婚して姫川華となりました。 ーーーーーーーーーーー 「大悟ってさー、私を甘やかしすぎだと思うんだよね」  カフェオレを飲みながら、テーブルから華が声をかけたのは、キッチンでグラタンを作っている姫川です。 「えー?そうかな」 「そうだよ。料理もスイーツも作ってくれるし、掃除もヘルパーさん雇ってるし、洗濯も乾燥機付きだしさー」 「だって広いし、掃除は一人でやるには大変だよ」 「いや、そうなんだけど!私やることないじゃない。後は時々父さんの仕事手伝う位だし」 「華は、俺の作ったものを美味しく食べてくれるのがお仕事。で、俺が帰ってきた時にお帰りなさいと言うのもお仕事。一緒にいてくれるだけで本当に俺は嬉しいから。  余った時間はゲームでも本でも好きに使えばいいよ」  はい、出来た、とオーブンからあつあつのキノコのグラタンを取り出し、華の前に置く。焦げたチーズのいい香りが漂い、華はうっとりする。 「熱いから気をつけてね」 「はい。いただきまーす。………またブラウンマッシュルームがクリームソースに絡んでめちゃくちゃおいひいわ。あつつ。もう大悟の作るのってなんで全部美味しいかなー悔しいわー」  全開の笑みが姫川には何よりのご褒美です。 「ご飯食べたら、勝負しようか」 「んん?シューティングの方?」  最近は、シューティングゲームにもはまり出してる華ですが、何故か姫川には一度も勝てないのです。  負けず嫌いの血が騒ぎ、昼間に練習してますが、なかなかリベンジには至りません。 「そ。もし華が負けたら、華は俺のご飯な。勝ったらレアチーズケーキ作ってあげるよ」 「ちょっ!食事時になんて話をするんだ大悟はっ!!それに負けたらレアチーズ食べられないじゃないかっ」  動揺すると昔の言葉使いになるところも姫川は大好きでした。 「負けなきゃいいんじゃないか?」 「くっ………ここ数日の鍛えた成果を見せてやる!後で泣いても遅いんだからなっ」  グラタンを食べると急いで食器をシンクで洗い、ビシッと指を差した。 「………でも、三回勝負にして」 「いいよ」  三回が五回になり、最終的に十回まで華の土下座で延びましたが、結局姫川の勝利に終わりました。  えっちい事にはやたらと照れまくる華も大好物の姫川は、モジモジする華が可愛くて悶え死にそうです。  抱き上げて寝室に連れ込み優しく下ろすと、 「………華は、俺と一緒で幸せか?」  と聞きました。  日々自分ばかり愛情が溢れまくってるような気がするのです。  餌付けしたとはいえ、こんなコワモテのオッサンなんかよりいい男は腐るほどいるのです。不安でしょうがありません。  華は、不思議そうに姫川を見つめましたが、 「幸せだよ?むしろ大悟の方は幸せなのか?何にも出来ない嫁なんか貰って。  可哀想にな、こんなガサツな女よりいくらでもいい人はいただろうに」  と姫川の頭をなでました。 「でも、もう他の人にはやれないからな。済まないけど私で我慢してくれ。  愛してるぞ大悟」 「我慢じゃなく、華がいないと俺は死ぬから、一生側にいてくれ。愛してるよ華」  ぐりぐりと頭を胸に押しつけてくる大悟は、小さな子供のようで、華は可愛いなこのオッサンは、と心の中で思っていました。 「そういえばさ」 「うん」 「私は白雪で、大悟は姫川じゃない?  なんか名字だけだと、繋げると白雪姫みたいだよね」 「………あー、そういやそうだな」 「だからさ、私の王子様は大悟だったんだなーって」 「王子って柄じゃないけど、嬉しいな」  ちゅ、と顔を赤らめてキスをしてきた姫川に、やっぱりこのオッサン好きだなあ、と華は改めて思うのでした。  いつまでもイチャイチャする二人はその後、三人の子供にも恵まれ、末永く幸せに暮らしました。  
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