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現在、魔王が立っている場所は城の地下にある魔王のみ立ち入ることができる管理室だ。
無断で入れば命はないだろう。
「ククク…」
魔王の目の前にあるのは、一台のホルマリン漬けにされた佑月の肉体だった。
日本にいた時のもので異世界にいる佑月には何の影響もない。
言わば魂の無い器だけの状態だ。
「我の魔力は枯渇したが直に回復するであろう。回復したのち魂をこちらに移せば佑月は我のものだ」
そう呟いてみたものの魔力は充分にあった時期に魂を移さなかった理由がある。
この肉体はこの世界にとって不完全なのだ。
この世界には魔素が充満している。
それを使ってこの世界の生き物達は魔法を使ったりして生活しているのだが。
問題は、魔素が地球上にはない物質だということだ。
つまり今まで地球にいた佑月の肉体を解放すればどこか異常をきたす可能性が出てくる。
最悪、肉体が崩壊してしまう恐れがあるため魔王は行動に移せなかったのである。
ちなみに現在動いてる蓮の身体は魔王の魔力によってそっくりに作りあげられたコピーである。
…蓮は知らないようだが。
「しかし、今は緊急時。我の魔力でカバーすればこの肉体でも普通の生活が可能になるはず…暫し待つが良い愛しの」
そこまで言いかけた時、眩い輝きが部屋全体を覆った。
「なんだ?!」
余りの眩しさに耐えきれず目を細める。
だんだん視界が慣れてきた頃には1人の人間が宙に浮かんでいた。
正確には人間ではないが。
「?!お前は…」
「久しいね、魔王。といっても私からすればほんの数分前に会ったような感覚だけれど」
男性か女性か判別しずらい声音に、腰辺りでサラサラと揺れる金髪。
どこか優しげで慈愛のこもったエメラルド色の瞳。
長身で人間離れした美貌に、背中には美しい羽を広げたクレアはふっくらのした薄ピンク色の唇を動かす。
「引き取りにきたよ。さあ、佑月君の肉体を返してもらおう。」
「ええい、誰が渡すものか!!」
「生憎、君は魔力不足だ。私に勝てるすべはない。」
「ぐっ?!」
次の瞬間、凄まじい光に飲み込まれた魔王は金縛りにあったかのように動けなかった。
ほんの僅か数秒の出来事だ。
視界が開けたころにはそこに佑月の肉体はなかった。
「なん…だと…我の佑月が」
呆然と膝から崩れる魔王の後ろで蓮とラルフは顔を見合わせた。
その後、魔王はラルフからは宥められ蓮からは叱られたそうな。
※
「やっと佑月君の肉体を回収できたよ。この肉体は私が責任をもって火葬しよう。佑月君のご家族には渡さない方が良さそうだしね。…幸せになってね佑月君。」
佑月の肉体を丁重に木箱に納めながらクレアは安堵の息をついた。
終
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