餌の時間

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餌の時間

「だーるーいー! はい! お二人さんもご一緒に!」 「「だーるーいー!」」 「陽咲やめなさい。バカが移ります」 「えっ! それは嫌っ!」 「酷くねぇか!?」 今から人間を殺めるとは思えないほどの陽気な面持ちで彼らは薄暗い町を歩く。 まだ夏真っ盛りのため、日が落ちるのも遅く20時過ぎてようやく暗くなってきた感じだ。 昼間よりは涼しくなってきたが気温の変化を感じてるのはおそらく蒼晴と陽咲だけだろう。 その証拠に涼しそうにしてる双子とは対照的に煌舞は暑そうにパタパタと扇子で扇ぎながら歩いている。 「今日はどこに行くんですか?」 「取り敢えず人が少なそうなところに行くか」 彼らの住んでいる場所は決して人通りが少ないとはいえない場所。 こんな所で暴れたら即捕まって殺されてしまう。 そのため、彼らは人通りが少なく、かつ人は何人かいるような所へと場所を求めて、ひたすら人通りの少ない方へと歩みを進める。 彼ら自身歳は百歳越えだが見た目は十代後半、もしくは二十代前半の男のため道行く人達は彼らの事を特別怪しまず、すんなり町を抜けることが出来た。 だいぶ歩いてくると人っ子ひとりいないような場所に着いた。家はいくつかあるが鬼を警戒しているのか誰も出てくる気配がない。 さっきよりも灯りが少なく辺りがさらに闇のように黒く染まり、化け物でも出てきそうな雰囲気だ。 「これじゃ、人間を探すのも一苦労だな。場所変えるか?」 煌舞が提案すると双子は首を縦に振り元来た道を引き返そうと歩みを止めた。 「あっ! あそこに人間がいるよ」 いち早く回れ右した陽咲が2人だけに聞こえる声量でさほど離れてない位置を指さした。 確かにそこには1人の若い女性が大きな風呂敷を背負ってまさに帰っているところだ。 「よし。じゃあ、ちょっくら行ってくるわ」 扇子を閉じ懐に入れ白色に近い薄い黄色の外套を靡かせながら煌舞が前に歩み出る。その姿はもう人間ではなく、白く綺麗な髪から白色の狐の耳が2つ顔を覗かせ、尻の部分には先が茶色い白色の大きな尻尾が生えていた。 「兄ちゃん! オレも殺(や)るよ!」 「僕も出来ることなら手伝いたいです」 先を行く煌舞に双子は声を上げるが煌舞は1度振り向き「また今度な」とだけ微笑みながら告げ、先に進んだ。 そう言われては二人はその後ろ姿をただただ唇をかみ締めて見送ることしができなかった。 毎回、煌舞だけに手を汚させる。そのことに対しては、いつも貶している蒼晴や脳天気な陽咲でも罪悪感があった。 (さて、と。どう狩るかな) 煌舞は家の屋根の上に乗り女性の動きを観察する。女性はまだ家は先にあるのか迷いのない歩行で真っ直ぐと歩いている。 ここら辺は人通りはないが家数はまあまあある。下手に叫ばれては後々面倒臭い。 煌舞や双子達が魂を回収する方法は殺すしかない。他にもあるのかもしれないが試そうにもそんな事を試せる人間はいないためその方法しか知らない。 (俺達が生きるためには殺さないといけないけど、まだ魂のある人間を焼き殺すのは気が引けるっていうかーー…………なんてこと言ってられねぇけど) そうこう悩んでいるうちに女性が道を右側に曲がった。その先は行き止まりのため、もう近くに家があるのだろうか。 ここで見失っては人間を探すのは大変だ。 煌舞は屋根から飛び降り、音も立てずに地面に軽く着地すると女性の背後に回り込んだ。 それから、バレないように右手から青い火の玉を出す。 (ごめん。弟達の餌になってくれ) 炎を押し出すように右手を前にかざすと青い火の玉は女性目掛けて前進し、火の玉が当たったかと思うと女性は燃え、叫び声をあげることも無く跡形もなく消え去った。 女性のいたであろう場所には煌舞の出した火の玉よりも若干白っぽい青白い人魂が浮遊している。 「ごめんな」 それを丁寧に手掴みで取り、懐に入っている箱に保管する。 (ひとつは取れてあと、最低でももうひとつは欲しいな) 煌舞は近くの家の塀に飛び上り何度か辺りを見渡すと数メートル先に都合良く二人のカップルだか夫婦らしき人がいた。 (あいつらにするか) 静かに塀の上を走り両手から火の玉を出す。 ある程度まできたら火の玉を放出し、カップルを先程の女性同様燃やし跡形もなく消し去った。彼らのいたであろう場所には二つの人魂があり、それを再び箱の中に入れ箱を懐に戻す。 (今回は三つ取れたからよかった) 煌舞は二回手を払い双子の待ってる場所へと戻ろうと足を動かした。 その時ーー。 「あっ……」 力が抜け身体が大きく傾く。 倒れまいと抗おうとするが意識とは関係なしに身体が崩れていく。 (くそっ……倒れる……) そう思ったが、何かに支えられ地面に倒れずにすんだ。 「蒼晴……?」 適当に名前を言い顔を上げるとそこには二人の少女の顔があった。 ひとりは赤髪ショートで赤い瞳の女の子で、もうひとりは水色髪ロングの水色の瞳の女の子。 煌舞はその内の赤髪の子の方に支えられていた。 「いーちゃん……と、あーちゃん……?」 彼女らの名前は紅巴(いろは)と葵巴(あおは)。 赤髪の方が紅巴で青髪の方が葵巴だ。煌舞達とも仲が良く狛犬の化身である。 「バカじゃないの。私達が通らなかったら今頃人間達によって肉片にされてたわよ」 「出会ってそうそう……それはねぇだろ……」 幼く可愛らしい顔の紅巴からの急な死の宣言に煌舞は力なく苦笑する。 元々口は悪いが毎朝のように蒼晴に貶され鍛えられている煌舞からしたらまだ可愛いものだ。 そんな様子を見て葵巴が「まぁまぁ〜」と口を開く。 「見つからなくてよかった〜。で、いいでしょ〜? ね〜? 紅巴〜?」 葵巴が穏やかな口調で促すように紅巴に問いかけると、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽ向いた。 「ま、ありがとな。おかげで助かったぜ」 支えられていた腕から自分の足でどうにか立ち、二人に礼を言う。 紅巴は相変わらずそっぽを向き葵巴は「いえいえ〜」とはにかんだ。 彼女らは煌舞達がピンチになるとどことなく現れる。煌舞達はこれも狛犬の力なのだろうと思っているが実際のところはどうなのかわからない。 「いつから人魂食べてないのよ?」 「え……?」 紅巴の急な指摘に言葉が詰まる。確かに煌舞はここ数ヶ月人魂を食べていない。 鬼隠しが広まりすぎて最近では真夜中に人が出るのがなかなか無くなり弟達の分を取るので精一杯なところだった。 そのため、妖であるからなのかある程度は食べなくても生きてはいけるが流石に限界は感じている。 「煌舞、貴方はあの双子達よりも魂が必要なのよ? あの子達は数週間に一回でも死ぬことは無いけど、貴方は二日に一個じゃ足りないくらいなの」 何か反論したいのはやまやまなのだが、言い訳らしい言い訳が見つからず、口をもごもごさせるくらいしか出来ない。 「いくら人間が可哀想でも食べないと〜。そうじゃないと煌舞諸共双子くんも倒れちゃうよ〜」 「……あ、あぁ」 自覚があるのか返す言葉がない。 (人間が可哀想、か) 煌舞にとって人間は今も昔も尊いものだった。だが、それと同じくらいに恨んでいて、“復讐相手”とさえ思っている。 つまり、彼にとっての人間という存在はかなり複雑な感じになっている。 「煌舞!」 「兄ちゃん!」 兄を心配になってきたのか双子が駆け寄ってきた。 二人共全速力できたためか呼吸が乱れている。 「お迎えが来たみたいだね〜」 「あら。それじゃあ、私達はお先に失礼するわ」 双子が来たことを見ると狛犬二人は闇夜に溶け込むように去っていった。 「ありがとな!」 煌舞が手を振り見送り双子の方へと向き直る。 「そんじゃ、取るもん取れたし、家に帰るか!」 「うん!」 「はい!」 煌舞の言葉に二人は大きく頷き三人で仲良く家へと向かった。そろそろ本格的な深夜の時間帯になるのか夜は更に闇を深めている。 「さっき狛犬さん達と話してました?」 「そうだけど?」 「いいなぁ! 紅巴さんに会いたかったなぁ!」 「あいつ怖ぇじゃん! 蒼晴よりはマシだけど」 「何か言いましたか? 愚兄」 「イイエ。ナンデモナイデス」
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