二つの戦い

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二つの戦い

「ふわぁ……っ。やっと仕事が終わりました」 蒼晴は大きな欠伸をしながらのんびりと夜の町を歩いた。 もうかなり夜が深けていて不気味な静寂と闇が町を覆っている。 蒼晴はこの間の誘拐事件の犯人について調べた後、警察への突き出しと政府への報告、鬼隠しと関連情報を探すなどとさまざまな仕事をこなしていたため魁隊の屋敷に住み込みで働くことになっていた。 (鬼のために人質を集めたって……自分が助かりたかっただけなのでは?) 自分が助かるためにいくらか人質を用意して鬼に捧げる。 そんなような事はあまり聞かなかったが誘拐犯なりに頭の切れる奴だったなとしみじみに思う。 (ただ、何故年寄りばかりだったのでしょうか? 捕まっていた人はみんな白髪(しらが)の年寄り。そして、白髪(はくはつ)の煌舞も捕まりそうになってました。これは、偶然? それとも、白髪(はくはつ)になにか意味がある? でも、なんの意味が?) グシャ。 「ん?」 思考を巡らせながら歩いていると何かを踏んだ気がして足を止め下を見る。 だいぶこの暗闇に目が慣れてきたためその正体はすぐにわかった。 「これは……血? で、踏んだのは腕……ですか?」 蒼晴が踏んだものは人間の身体の一部で女だか男だかもわからないくらいぐしゃぐしゃにされた人間の死体が地面に転がっていた。 不意の無残な死体に驚きはしたがこの状況にどこか冷静な自分がいることの方が1番驚いている。 「キャッハハハハ! 人間が人間を踏んでるっ! おっかしぃ!」 夜中にも関わらず近所迷惑になりそうなほど甲高い声が聞こえ声の方向をむく。 声の主は家の屋根にいて月明かりに照らされているため微かに見えることが出来た。 黄色く長い髪を高く二つに結っている女。 そして、頭から生えている二本の角は蒼晴の鬼化した時に出てくる角と同じものだった。 「お、鬼?」 「そうよ! アタシは鬼よ!」 その鬼と思われる者は自分の身長と同じくらいの大きさの金棒を担ぎ屋根から飛び降りて蒼晴の前に着地した。 かなりの高さの家なのに怪我ひとつなく着地しているあたり人間ではないことが分かる。 「貴方。他の人間よりも美味しそうな匂いがする。というか、貴方も鬼でしょ?」 「っ……!」 初対面でいきなり言い当てられ絶句した。 あの安倍晴明の末裔である飛龍や魁隊の陰陽師達にもバレなかったのに、やはり同類だとすぐにバレてしまうものなのだろうか。 「その顔は図星ってところね! 人間に化けた鬼。美味しそうだわ……半殺しにしてあの方の所に連れてってあげましょっ!」 鬼は金棒を地面にドンッと突いた。 大きな音が響き地面に地割れが起こった。 (なっ……どんだけ力が強いんですか……) 蒼晴も腰に着けてた刀を抜き構える。 今の音で目が覚めてしまったであろう民家の人々が不安そうに窓から見ているのがわかった。 この状態ではいざと言う時に鬼になれない。 (いや、いざという時になったとしても、鬼になってはダメですよね……) 蒼晴がほんの少し集中をきらすと目の前に金棒を振りかぶった鬼が迫っていた。 間一髪刀で受けることが出来たがあまりの攻撃の重たさと速さにかなりの距離を吹き飛ばされた。 「今の攻撃を避けれるとは。流石だねっ!」 「もう少し静かにできませんか。近所迷惑です」 吹き飛ばされた蒼晴の所に近づきながら話しかけてくる鬼に淡々と注意をすると鬼はわざとらしく空いている方の手で口を押えた。 「ごっめーんっ! よく言われるんだっ」 その馬鹿にしてるような余裕そうな言動に内心イラッとくるが同時に焦りも感じていた。 (あれは、おそらくジャブ程度だったのでしょう。あの力に人間の僕は勝てるのでしょうか……いいえ。勝たなくてはダメですね) 不安になりながらも自問自答し、蒼晴は刀を力強く握り再び構えた。 × × × 「さっきの音! やっぱり、蒼晴か!?」 「わかんない。でも、その可能性はあるよねっ」 煌舞と陽咲は急いで大きな音がした方へと走った。 民家が俄(にわか)に騒いでいる。やはりあの音のせいだろうか。 二人が走っていると、視界の端にひとりの男が様子を見に家から道端に出てくる。と、ほぼ同時にその男の頭上に何かが降ってきてぺちゃんこに潰され血や肉片が至る所に飛び散った。 目も疑いたくなるようなその光景に二人は思わず足を止めてそちらを見た。 「ーーどっこいせっ、と」 その何かが立ち上がり返り血でドロドロになった金棒らしきものを肩に担いだ。 栗色の髪をひとつに束ねているその者は、女のような顔立ちだが、衣服は男物のようでそれでどうにか性別を判断できる。 それに、男は頭から生えた二本の鬼の象徴である角をもっていた。 「鬼か……」 「んー? おぉ! 人間と鬼の混血と妖狐ではないか。珍しい組み合わせじゃのぉ」 独特な口調で敵意の感じさせない笑みを浮かべている。 だが、実際に目の前で人間が殺され煌舞も陽咲も身構えた。 「妖狐の肉と鬼人(きじん)の肉は初めてじゃ」 鬼は手を擦り合わせ舌なめずりした。その表情はご馳走を前にした子供のように無邪気なものだった。 「あぁ。俺も鬼を喰うのは初めてだ」 負けじと煌舞も挑発の言葉を吐き捨てるが、額からは隠せない冷や汗が滲んでいた。町のみんなが鬼隠しやら鬼の恐ろしさを知っていると同じ様に煌舞もまた鬼の恐ろしさを十分すぎるほど知っている。 煌舞は懐から護身用の短刀を取り出しすぐに斬りかかりに行く。 (殺られる前に殺らねぇと!) 煌舞の素早い攻撃にも関わらず鬼はいとも簡単に金棒で避けそのまま振り金棒の当たった煌舞の身体が吹き飛んだ。 「ぐっ……いってぇ……」 「兄ちゃん! 大丈夫!?」 陽咲が駆け寄り庇うように煌舞の前に立った。その目は敵意を剥き出しにしていて今にも鬼になってしまいそうだ。 「陽咲……っ! 大丈夫だからっ……ここは俺に任せろ……」 こいつは鬼にさせまいと、煌舞は喋るのも辛いが必死に宥め、よろよろと立ち上がる。 「でもっ!」 「いいから……!」 そう言って、地面に落ちた短剣を拾い上げまた斬りかかりにいく。 が、いとも簡単に吹き飛ばされ、攻撃は全く当たらない。 (くそ……鬼と人間のままの俺とじゃ……こんなに差があんのかよ……) もう気力を保つのが精一杯なのだが、煌舞はまた立ち上がる。 吹っ飛ばされても、吹っ飛ばされてもゾンビのようにまた蘇っていった。 陽咲はやりきれない気持ちで煌舞を見守り、時には手を貸そうと口開くがなんて声をかければいいかわからず、噤むというのを繰り返していた。 「もうこれで、終わりにしようぞ」 鬼は淡々とした口調で右手の手のひらを上に向けると手のひらから鋭い氷柱がいくつもでてきて空中に浮かんだ。 (これは、やべぇな……どうにか、陽咲だけでも逃がさねぇと……) 煌舞は短剣をしっかり持ち直し、陽咲から離れようと足を動かした。 その時ーー。 「もう、もうやめて! 兄ちゃん!」 ついに陽咲が震える声で煌舞に呼びかけ、鬼と煌舞の動きが止まった。 あんなに強かった兄がこんなにもあっさりやられてしまうなんていう現実と何も出来ない自分に対する失望に涙が出てきている。 「兄ちゃん。ごめんね。オレが弱いから、何も出来なくて」 「そ……んな事……ねぇ……から。安心しろ……!」 話すのも辛そうだが、なんとか言葉を返し、無理やりな笑みを浮かべている煌舞にさらに罪悪感を覚える。 (次は、オレが兄ちゃんを守らないと) 「本当にごめんなさい」 そう言って、謝った陽咲の頭には二本の角が生えていた。 「お……前……っ」 煌舞は目を丸くして絶句した。 陽咲は両目から溢れ出た涙を拭い、鋭い目付きで鬼を睨んだ。 「ついに秘密兵器のお出ましかのぉ?」 「うん。そうだよ。今からはこのオレが相手だ!」
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