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「だから言わんこっちゃない」
ははっと笑う甚八さんに腰を抱かれたまま、この前とは違ういかにも高級感漂う個室に入っていた。
「これも誰かさんの入れ知恵ですか?」
「……っ!」
きらきら輝く街並みを見下ろせる窓辺の席で向かいに座る甚八さんは、はっとして顔を赤らめた。私は思わずふふっと笑った。
「仕方ないじゃないか、俺はこういうの経験がないんだ」
「へぇ……モテそうなのに」
「俺は兄さんとは違う」
「やっぱり、陽臣さんに聞いたんだ」
今度はバツが悪そうに窓辺に目を向ける甚八さん。私はまた笑った。
やがて美味しいディナーを堪能する。甚八さんはお気に入りのエスカルゴのオイル煮と高級フランスパンを口に運びながら、赤ワインを堪能する。和装なのに、その仕草はまるで英国紳士のようだった。
「そういえば、何で和服なんですか?」
食後に運ばれてきたコーヒーに口をつけつつ、私は甚八さんに言った。
「これが俺の一番の正装だから」
「前に、着物は苦手って言ってたじゃないですか。どうして今日は……」
「今日は、特別な日だからだ」
「特別な……日?」
私がそう聞き返そうとしたとき、熟年のウエイターさんが大きすぎる花束を持って現れた。甚八さんはそれを受け取ると、私に向かって差し出した。
「やる」
甚八さんは頬を赤らめながら、ぶっきらぼうにそう言う。
「赤い、薔薇?」
「ああ、全部で108本ある。意味、分かるな?」
「………分かりません」
甚八さんは花束を持ってない方の手で頭を抱えた。私はポケットからスマホを取り出すと、急いで検索を掛けた。
「おい、こっち向け」
「無理です、今調べてるから」
「こんなこと、機械に言わせてたまるか」
「へ?」
私が顔を開けると、甚八さんは真剣な眼差しを私に向けていた。
「俺と、結婚を前提にお付き合いしてください」
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