1 甚八お兄様

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1 甚八お兄様

 私の働く国際空港近くのショッピングモールにはたくさんの日本的高級文化が詰め込まれていて、もちろん海外セレブもご用達だ。  といっても、従業員がセレブリティなわけではない。私、東郷(とうごう)愛果(まなか)は「」がつくほどの庶民であって、従業員入り口からのそのそと出勤するのは、毎日緊張する。それで、日本国内だけでなく世界各国のセレブリティの接客をするわけだから、そりゃ神経も磨り減る仕事であることは間違いない。 「そんなことは分かってた……分かってたけどーーーーー!」  ロッカールームで着替えていた同僚の雨衣(あまい)玲那(れな)に泣きつくと、彼女はよしよしと慰めてくれた。 「だってさー、鶴亀総本家の練り切り、食べられると思うじゃん! しかもここは海外セレブ向きに可愛いのも多いのに……一口も食せないなんて……モチベーション……」 「はいはい、愛果は食べるの本当に好きだねぇ。ふふっ」  玲那は苦笑して私の両肩に手を乗せた。 「そんなこと言って、どうせ私は玲那のお飾りですよー、元有能受付嬢の美貌には叶わないですよー」  思いっきりぶう垂れて制服のスカーフを巻くと、その先がくるんとなったのを玲那は直してくれた。 「お飾りなんかじゃないって。日本人は小さくてかわいいって、昨日のお客様も仰っていたし……」 「どうせチビで童顔ですよー、きっと私のこと10代だと思ってるよねそれ………」  ぶーぶー文句を言いながら、開店準備を始める。私がこのお店に雇ってもらえたのは、和菓子に対する情熱と多少の語学力ゆえだ。だから、試食……せめて試食だけでもさせてもらえると思っていたのに、実際には高級菓子たちの知識を頭に詰め込むだけで、一口も食べさせてはもらえない。  今日はVIPの予定もないから、少しのんびりとショーケースを磨く。食べることはできないけれど、ショーケースに並ぶ和菓子たちは、キラキラしていて見ているだけでうっとりする。繊細な飴細工に飾り付けられた一口サイズの和菓子は、真珠のきらめきにも劣らない。 「はぁ……」  うっとりと溜息をつくと、知らない声にはっとした。 「ここの従業員はよだれ垂らしながら仕事するのか?」
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