403「近藤千尋」

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 春。  この時期になると、テレビのコマーシャルや店頭のポスターなどで、スーツを着こなした若い男女が笑顔で立つ画が増える。そんな判で押したような生活が……と思っていたが、大学進学を機に、自分も見事に判で押したような新生活をスタートさせることになった。  荷物は一足先に新居に入った。実家の玄関を出ようとする千尋に、両親は並んで少し寂しそうに「体には気をつけて」と口々に言った。母に至っては涙ぐんですらいた。大袈裟だなあと内心ほんのり呆れはしたけれども、そこには千尋には理解できない親心があるのだろう。  そんな両親が最後の親心を振り絞って用意したマンションが目の前にある。千尋が見上げると、下から突き上げるような風が吹いた。薄い茶色の大型マンション。2つの棟を合体させたような横広で、正面玄関、裏には中庭と、休憩スペース。新生活に相応しい真新しい建物と植えたばかりの新緑が太陽光を浴びて輝いた。  勉学に励み、バイトに励み、少しでも両親に返していかねばなるまいと千尋は改めて誓う。
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