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火の粉はまるで血に染まった雪のようだ――。
彼は思った。
最初で最後に雪を見たのは、彼がまだ幼く、父と母が存命で《あの砦》に住んでいたときだ。
大人たちの事情はともかく、砦の生活は楽しかった。砦は逃げ延びた都よりはるか北にあり、険しい岩山の上に築かれていた。それ故夏は暑さが厳しく、冬には霜が降りるほどの寒さになる。
その砦で一度だけ、雪が降るのをこの目で見た。
地上に落ちるとすぐに消えてしまうそれを、彼と弟は手でなんとか受け止めようと走り回り、うまく捕まえられた時は二人ではしゃぎまわった。期待とともに掌を開くと、そこにはわずかな雫が残るのみで、すでに雪粒は消えてしまった後だ。
悲しげに手のひらを見つめる弟を、彼はそっと抱き寄せて頭を撫でてやった。
あれから全てが変わってしまった。
自分も弟も、もう幼いあの頃には戻れない。
己の宿命から逃げ出した《奴》とは違う。自分はこうして果たすべきことを果たしただけだ。それが多くの人命を犠牲にすることでも。
手に入れるべきものは手に入れた。はやくこの街を出なければ――。
彼がそのとき歩いていたのは、すでに灰塵と化した東の区域。文字通り人っ子ひとりいなかった。とうに夜は明けていたが、白煙にかすむ空は朝の光をさえぎったまま依然と薄暗く、はるか西へと勢いをうつした焔の明りを赤銅色に映していた。
東の亜銘門から延びる通りの奥、市街地の中心には四半遥嵯歩(※一遥嵯歩=五キロ)にかけ、大きな市場が広がっている。街一番の賑わいをみせた繁華街も全てが焼き尽くされ、日頃の喧騒が嘘のようにしんと静まり返っていた。
黒焦げと化した死体がそこかしこに転がる道を、彼は一人さまよう。
煤けた全身は幽鬼を思わせたが、もし誰かが彼を目にしたら、そのような風体など問題ではなかっただろう。なぜなら彼の左手に握られていた両刃の剣、鞘を抜かれた白刃が、自ら光を発して輝いていたのだから。
冷たい青白さをまとうそれは、月の光を凝らせたようだ。
剣身を納める鞘は彼の右手にあったが、木で造られたそれは随分と古びたものだ。もともと白木であったものが年を経て手垢にまみれ、所々に浮かぶ赤茶けた染みが斑模様に広がっている。
ふと――。
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