忌まわしきは煙の中に

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「まあ、今となってはそれも叶わぬ夢。別に貴方や特定の誰かが悪いのではありません。諸行無常の理と言うものです」 「諸行無常……この世の全ては流転し、絶えず変わり続けるか」 「どんなものでもやがて消える。そしてまた新しい何かが生まれる。その理にに身を委ねるか、抗い惜しみ繋ぎ止めるのか。どうすべきかを考えるだけで一日が終わってしまいそうですね」 「ああ。我もそう思う」 また大きく息を吐いて天を仰ぐ様子を見て、ルゴールドはブランクにも大切な何かを失った苦悩があるのではないかと見抜いた。 「何か深く思うところがあるようですね。それともそれが私に話す予定だった相談事の二つ目でしょうか」 「そう、だな。相談したところで何も変わりはしないのだが、話しておかねばなるまい」 ブランクは自分が失ったものについて話そうとしたが、言葉に詰まった。これまで戦いに明け暮れ捨てて来た大切なものを拾い上げるかのように入浴を楽しみ、禊に勤しんだ疲れを癒すルゴールドを見ていると、その安らぎを曇らせるのが惜しく感じてしまった。 「ふっ。ははは」 「……どうしたんですか?」 「我は頭がおかしくなったようだ」 突然乾いた笑い声を上げたブランクをルゴールドは不思議そうに見詰める。ブランクはひとしきり腹の空気を絞り出すと、呟くようにそう言った。 親の代わりになり自分を育て上げてくれた恩人のグルガンやアルフにルゴールドのことを伝える際は一呼吸置いて決意を固めるだけで口を開くことができたが、かつての宿敵で命の取り合いをしたこともあるルゴールドにグルガンのことを伝えようとした今は罪悪感のあまり口を噤んでしまった。 そんな自分が余りにも滑稽で、ブランクは自嘲の破顔を抑えることができなかった。
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