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「掃除なら要らないわ。エルトにもそう伝えてある」
「畏まりました」
有子は脱衣所の前で指示を待っていたスタッフを下がらせたが、室内は確りと清掃されておりバスタオルを始めとする消耗品の類は入れ替えられていた。
「新品のバスタオルはまあ有難いけど、ホテルじゃないんだから……」
「やはり君は遠征先でホテルに泊まることも多いのかい?」
「そうね。安いビジネスホテルが殆どだけど」
恐らく越光がイメージしているであろう、スタッフを侍らせるような人間が泊まるようなホテルには一人部屋が殆ど存在しない。エルトがいる以上本来それは好都合だが、空鍔家初の女性マジシャンであればスキャンダルの類にも万全の備えをするべしと言う一座の総意により有子は他人が想像するほど出先で贅沢はしていなかった。
「火のない所に煙は立たぬと言う諺もあるが、今のご時世ではアテにならないものなのかもしれないねえ」
「火のない所に火を起こすのがマジシャンだもの。煙くらい立つかもしれないわ」
有子が音を立てて指を鳴らすと、そこから火花が飛んで爪先に火が付いた。
「これは魔法かい」
「本当なら最高の誉め言葉なんだけど、貴女の場合意味が違うんでしょうね。こんなことなら龍化できること教えなきゃ良かった」
そう言いながら着ていた服を脱いで籠に収めると、どう考えても鳴る筈のない鈍い金属音が何重にも響いた。越光は先ほど火を出された時よりも驚きの表情を浮かべてしゃがみ込んだ。
「ちょっと、触らないで。服本体なんかよりよっぽど高いものが詰まってるんだから」
「何だこれは。君は此処に来てからずっと、衣服にこんなものを仕込んで振舞っていたのか?」
「触らないでって言ってるでしょ、お金取るわよ!リハビリがてらに簡単なやつをお披露目しようと思ったのにタイミング逃しちゃったのよ。あの風は読めるクセに空気は読めないドラゴンのせいで」
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