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「まさか此処に来て、人間に魅かれるとはねえ」
「ありがとう。復帰した時のファンが一人増えるのは励みになることだわ」
「御労しい。本当に」
そしてその壮大な背景を知ると同時に、今有子の体を蝕んでいる龍化の後遺症がどれほど深刻であるかも理解した。有子にとってマジシャンで在ると言うことは、目標や夢などと言う生半可な言葉で表すことはできない。生きる意味そのものと言ってもまだ遠い。文字通り人生そのものが黒く塗りつぶされていることに等しいのである。
「私は君と出会って間もないし、正直ショーだって一度も見たことはない。しかし君の生き様が放つ眩さに疑いはないさ」
越光は浴槽の淵に手を伸ばし、石造りの隙間に挟まっていた小さな緑色の羽根を手に取った。
「見たまえ。前に入った隊長君(ルゴールド)の落とし物だろう。本来なら私は入浴した瞬間これに飛び付いているところだったが、君への好奇心がそれをかすませた。これは私自身の中でも驚くべきことだよ。誇って良い」
「何だか、おかしな言い回しね」
有子はおどけるように振舞う越光に愛嬌を感じてクスリと笑う。人間でありながら自分を此処まで驚かせたことを誇れと言うのは些か尊大な言い回しである。しかし越光は空回りしていると分かっていながら、それでも何とか有子を元気付けようと身振り手振りを使って語り尽くした。
「とにかく、君は素晴らしい人間なんだ。それだけは忘れないで欲しい」
「ええ、勿論誇りを捨てたりは……」
「僕もそう思うよ。君は素晴らしい人間だ」
「・・・・・・!!!」
有子の表情が凍り付き、越光は混乱しながら辺りを見渡した。
それは二人がまるで見向きもしていなかった山の景色から溶け出すように現れた。湯気を纏いながら跳躍し、ふわりとそれを押し広げながら音もなく着地した。
「久しぶりだね。会いたかったよ、ユウコ」
「ライズ……!」
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