忌まわしきは煙の中に

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殺し屋組織の手先が目の前で平然と自分に手を振っている。 声を上げて仲間を呼ぶ。龍化して戦闘態勢を執る。越光だけでも逃げられるように交渉する。様々な選択肢が有子の中に浮かぶ。後遺症を恐れて委縮するようなことはなく、今の有子であれば間違いなく最適な行動を取ることができる。 しかし何をしようと所詮は後手でしかない。予め行動を決め、準備を整えた上で奇襲をしてきたライズの裏をかくことはできなかった。 「うぐっ……!?」 既に湯の中にはライズの操る植物が潜行しており、それらが有子の口に捩じ込まれて声を潰す。ここでようやくライズと面識のない越光にも自分達に危害が加えられようとしている緊急事態であることが伝わった。 そしてその越光が最初にやったことは、自分の口を手で塞ぐことであった。 「ユウコと同じ目に遭うことを避けたか、それとも自分は声を上げないから襲わないでくれと言うアピールか……どちらにせよ、お利口さんだね」 有子が指輪の力を解放し、龍化して植物を振り払うまでの間にライズは湯船の周囲に結界を張り終えた。 「凄いでしょ。ウチのボスお手製の簡易結界さ。簡易と言っても並のドラゴンじゃ破れないし、ここで核爆発が起きたって家の連中には物音一つ聞こえないよ」 「何をするために此処へ来たの?」 殺すつもりであれば先ほど不意を突いた時に容易く実行できていたため、当然別の目的があることは想像できる。ライズは悪趣味だが相手を傷付ける行為そのものを愉悦としておらず、面白いものが見たいと言う好奇心が良心や倫理観を上回っているその様が他人の目に狂気として映っているだけに過ぎない。 有子もその気質を感じ取っており、まだ交渉次第では打開策はあると考えている。しかし、その希望こそライズが舌の上で転がそうとしている美味であった。
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