忌まわしきは煙の中に

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展望は最悪に近いほど悪いがこのまま倒れているわけにもいかない。有子は立ち上がり、周囲の水をテープのように変質させて傷口に張り付けることで出血を抑えた。 「手際が良いね。ローエレメントは形状をコントロールし易いと言われてるけど、それでも一瞬でそこまで正確にできるのは才能だよ。やっぱり君は戦闘向きではないみたいだね」 「そんな相手を暴力で嬲って何が楽しいのかしら。最初は底の知れない男かと思ったけど、蓋を開けてみれば随分とつまらない価値観ね」 「良いね。必死に言葉を選んでの挑発、可愛いねえ」 (ダメか……) それどころか、逆効果であった。 「それなら君の挑発に乗っちゃおうかな。これがつまらないって言うなら、もっと面白いことをしようじゃないか。こんな狭くて急いた場所でじゃなくて、じっくりとね」 「まさか……」 最初は広い山中にでも戦いの場を移そうとしているのかとも考えた。しかし結界を解除することなく触手を差し向ける様からして、それは楽観的過ぎる想像だと思い知った。 「少し眠ってもらうよ。次に目が覚める頃には、もっと面白い体験をさせて上げるから」 (奴は、彼女を誘拐するつもりか……!?) 口を塞いだままの越光は、状況が打開できなければ深刻な事態に発展することを悟った。このまま戦闘を先延ばしにすれば誰かが様子を見に来てくれる可能性に賭けることもできたが、挑発が裏目に出てライズはこの戯れを御開きにしようと言う姿勢に変わった。 有子に打つ手がなければ、当然自分にできることなどあろうはずもない。せいぜい目撃者を消すために有子と併せて攫われないように命乞いをすることが精一杯である。 ……とは、全く考えていなかった。寧ろ、この窮地を脱することができるのは自分の捨て身の覚悟しかないとさえ考えていた。
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