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ライズは一度バックステップを踏み、背後の結界の壁を蹴ることで一気に反対の端まで飛んだ。越光が風の魔法が使えるようになっていることを考慮し最も安全な行動を取ったつもりであったが、越光は寧ろその瞬間を待ち望んでいた。
(消えた。邪魔者が、目の前から……!)
もうライズを探すつもりはなかった。それどころか無人の壁に向かって全力疾走を止めることすらしない。有子はそれがただの暴走でないことを悟り、敢えて制止せずに見送った。
「なら、私がやるべきことは一つ」
越光とは逆に、確りと方向転換してライズの方を見据える。越光のやろうとしていることを完遂させるには、自分が盾になってでもライズの妨害を止めることが使命である。
しかし幸いにも、ライズは越光の邪魔をするよりも有子がそこまでして守ろうとする越光の目的が何なのかを見届けることを優先した。
「グルァァ!!!」
咆哮と共に渾身の一撃を繰り出す。その拳の先には当然ライズの姿はなく結界の壁があるのみであるが、越光は構わず全力で殴り掛かった。
「・・・・・・!」
それを背中で感じた有子の背筋が凍るほどに痛々しい音が鳴り響く。ライズを警戒しつつ一瞬振り返ってみるが、やはり結界にはヒビ一つ入っていない。一縷の望みも絶たれたかと思われたその時、有子よりも篤と結界を観察する余裕のあったライズは奇妙な光景を目にした。
「結界が、歪んだ……いや、これは……!?」
結界に刻まれている網目模様が一瞬だけ乱れ、直ぐに戻った。それは結界そのものにダメージがあった証ではなく、その背景にあるものが歪んだことでもたらされた一種の幻覚である。
そしてその幻覚を生み出した背景の歪みこそ、越光が待ち望んでいた最後の希望であった。
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