忌まわしきは煙の中に

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ライズが目にした空間の歪みは幻覚にして幻に非ず。その正体は大気圧に急激な変化が起こったことにより生み出された空気の『淀み』である。 水と土の属性を擁するロー・エレメントは、対となるハイ・エレメントと比較して周囲の環境を活かしやすい特徴を持っている。雷や炎は殆どの場合自らの体から放たなければならないが、水や土はそこら中に存在しているため、それらを如何に使いこなすかが術者の力量を写す鏡であると考える者も多い。単純な威力ではなく総意工夫に価値を見出すライズもまたその一人である。 (そして風とは、遠隔に作用して真価を発揮する魔法の極致のようなものだ。寧ろさっきみたいに自分の肢体で生み出した風を使うことの方が少ない。つまり、彼女がやったことは……) 越光はライズの頬を切り裂いたことで自分が風の魔法が使えることを自覚し、その魔法を最も有効に活かす方法を死に物狂いで模索した。龍の力に浸食され朦朧とした意識の中でそれを導き出すことは、闇夜の中で鴉を追うよりも難しい。しかし越光は人間の可能性を最後まで信じぬいた強靭な精神力を以てそれをやってのけた。 空間の歪みとは気圧の変化。気圧の差により生み出される空気の流れが即ち『風』である。越光は結界の向こう側に風を生み出すことに成功した。加えて己の腕が折れることも厭わず全力を尽くしたこともあり、その威力は自然に発生するものとは比較にならないものとなった。 「そうか。君は龍の血で得た力で僕を倒す気は途中から無かったんだね。まんまと騙されたよ。力任せに暴れながら、力任せに暴れるフリをするなんて。やっぱり君は面白い!」 ライズの称賛と共に、豪風によって廊下に続く扉が拉げて弾け飛んだ。更に周囲の窓ガラスもいくつか砕け散り、破壊された扉と共に大きな音を家中に響き渡らせた。
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