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正しく急転直下。血相を抱えて駆け付けた龍希達ですらここまでの惨事は想定していなかった。落胆して己の無力さに自己嫌悪し続ける有子をどうにか引っ張りながら歩かせ、ありったけのバスタオルで包んでようやく話を聞くことができた。
「遂に牙を剥きましたね。ルール無用で、目的のために最善手を躊躇いなく行使してくる邪悪な精神が」
自陣で準備を整え、戦場に赴く。そのサイクルが守られている間は例え殺し合いをしていても消耗は最低限で済む。しかし安息の地が土足で踏み躙られ時、戦いは本当の顔を見せる。
たった一度で良い。戦果を上げられなくとも良い。ほんの少し聖域に土を付けるだけで、そこは泥沼と同じになる。
龍希達は、特に楠木や青山などの力無きものはこれから先この家で一人になることはもうできない。仮に越光を攫ったライズが既に龍の世界に逃げ帰っていることを後から聞かされても、もう心からの安らぎは得られない。安心してボードゲームで遊ぶこともできなければ、景色を楽しみながら湯に浸かることもできない。これは体ではなく心を破壊する最も罪深き攻撃である。
相手の居住地をすることの重みをルゴールドは良く理解していた。だからこそ、それを成されてしまったことに強い危機感を覚えた。
「一度身に刻まれた恐怖はそう簡単に消えません。安息の地で刻まれた恐怖が安息の地、或いはその瞬間に想起されるようになってしまうこと。それを最も危惧しなくてはなりません」
ルゴールドはエルトにくれぐれもと付け加えて忠告した。
「精神的な安静を第一に。きちんと熟睡できているかを毎日絶対に確認して下さい。精神がダメージを受けた時、真っ先に蝕まれるのは睡眠です。そこから判断力等の低下が起こり、ネガティブな思考を跳ね返すことができなくなります。後はそれの繰り返しです」
もしも必要であれば、自分が魔法で一時的に記憶に蓋をして今日の出来事を思い出せないようにする。そうルゴールドが口にした時、有子は冗談じゃないと反発した。
「こっちが落ち込んでるのを良いことに好き放題言ってくれるじゃない。私はそんなに弱い女じゃないわ」
「これを強い弱いの話だと思っている時点で、貴女は何も分かっていません」
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