蟻穴

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「貴女の精神力は確かに優れている。それは私も認めています。しかし戦闘中の動揺を抑え込み冷静さを保つ心の強さと、日常を戦場に浸食さえることに耐えるための感性はまるで別物なのです」 例えるなら、『自分は肺活量に自信があるから水中でも呼吸ができる筈だ』と主張しているようなものだとルゴールドは言った。 「ただ一度きりの決闘ではなく、連続する戦闘に耐えうる精神構造は一朝一夕では身に付かない。それどころか、意図して習得することすら至難の業でしょう。それができるのは異常者です。それに戦いに慣れると言うことは、そのような領域まで身を堕とすと言うことに等しい。貴女はそうではありませんし、そうなる必要もないのです」 故にこれまでの発言を、有子を下に見て庇護の対象としているのだと受け取らないで欲しいと頼まれ、有子はようやくルゴールドの進言を大人しく聞き入れる気持ちになった。 「その異常者になるってことは、強くなるってことではないのね」 「ええ。異常者は異常者。駒の一つとして役に立ちやすくなることはあるかもしれませんがそれだけです。もし貴女にその素質があると言うのなら、浴槽の隅でへたり込んでいる筈がありません。仲間が攫われたことに気付くや否や血眼になってライズを追跡する筈です」 またルゴールドがここまで事細かに語れるのは、当然自らがその異常者であった過去があるからである。 「別に自慢ではありませんが、かつての私ならどれだけ力の無い状態でもそうしたでしょう。仮に見失っても、裸で森の中で彷徨っているところを我々に見付けられる。そこまで行ってようやく名乗れるのが兵士(ソルジャー)です」 戦闘の心得がある者と、戦禍の中で戦い続けられる者は全くの別物。それは有子だけではなく、龍希やブランク達の心にも強く響いた。
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