蟻穴

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リーダーが読み上げようとする傍ら、脱獄犯の転送も完了し全てが恙なく進行した。波乱もなく、交渉は愚か揉め事の一つも起こらなかった。ただ自分が顔を見せたことでリスキニアが引き渡しに応じてくれたと言う恩恵をもたらしただけで手柄を受け取れるのだろうか。また受け取れたとして受け取ってしまっても良いのか。そんな考えがテルダの内心で渦巻いていた。 今はリスキニアにとっても非常に重要な時期であり、トラブルなどないに越したことはない。またトラブルがあれば魔法が使えない自分は抗うことすら困難である。 それらは頭の中では理屈として重々承知していたが、事が上手く運びすぎて自分の存在がアピールできなかった焦燥とこれまで延々と続けてきた水面下の手回しや情報収集への辟易から、テルダは心の奥底で動乱を期待していた。 危機的なものである必要はない。ある程度体を動かせて、非力な自分だけで解決でき、恩と名を売れるような都合の良い動乱を望む不遜な精神が皮肉にも他の貴族より高い察知能力をテルダに授けた。そして冴え渡ったアンテナで改めて周囲を見た時、ある不自然に気が付いた。 (何だ、この張り詰めた空気……後はリーダーが礼状を読み上げるだけって言う今の状況とは全く合ってない) 心なしか、自分の周囲にいる何名かは足先に力を込めて前傾姿勢を取っているようにも見える。しかし脱獄犯は全て牢獄に転送され、警戒が必要な要素はもう残っていない。 もしも仮に、まだ国軍の標的がこの場に存在しているのだとすれば、それはリスキニア達貴族と向かい合う兵士達の目線の先にあるものに他ならない。 テルダの背筋に寒気が走った。
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