蟻穴

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ジアは片膝を着いてテルダと向き合うと、自分の左手をテルダの右手にピタリと合わせて指を一本一本噛み合わせた。それは傍目から見れば倒れたテルダを助け起こそうとしているかのようであったが、ジアが行おうとしているのはそれと全く異なるものであった。 「テルダ。止めるのなら今しかないと先に言っておく」 「分かってる。俺だって姉さんは助けたいが、このザマじゃどうしようも……」 リスキニアはバレット達と共にこの本拠地を脱出しようとする他の貴族を国軍が追えないようにするための盾となって戦っている。数的にも属性的にも明らかに不利であり、本人達にその気がなくとも自己犠牲であるとしか考えられないほどの状況である。 テルダは損得や身の振り方など考えるまでもなく一人の弟として姉を助けたかったが、魔法を封じられている以上国軍の精鋭に挑んでも犬死が良いところであるため思い悩んでいた。 しかし、ジアが言いたいのはそのことではなかった。 「このザマを何とかできるのなら、お前は動くんだな」 「お前、まさか……!」 ジアは左手首にある腕輪を掴み、それを繋ぎ合わせた手によって作られたレールに沿って滑らせた。行き先は無論、対岸であるテルダの手首である。 今は二人以外の全員が戦いに集中しており、轟音も閃光もそこら中に溢れ返っている。自身の主を定め、罪人が魔法を使用する唯一の方法である契約が交わされた光など誰の目にも入らない。 「さあ、次はそっちの番だ」 ジアは右手を差し出し、テルダの左手に触れた。その行為が示すものは明らかであるが、今度は強引に手は取らない。テルダが返事を、言葉ではなくその手が示すことをただ待っていた。
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