蟻穴

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(そりゃあ罪人同士で普通こんなことはしないさ。できる筈がない) 罪人とは読んで字の如く罪を犯した人であり、どんな背景があろうとその本質に変わりはない。即ち本来は倫理的にも戦力的にも信用に値しない存在であり、そんな相手に己の運命の一部とも言える腕輪を預け、生死を共にするのは自殺行為と言っても過言ではない。愛し合う者同士で指輪を交換する習わしすら廃れつつあるこの世界において、腕輪の交換は罪人同士が共謀した程度では実行されることはないと言う前提の下にこの特別処置のルールは作られていた。 しかし、万が一を考慮すれば罪人は罪人の主になれないと言う制約をシステム上で科するべきであり、エルゼであればそれに気付くことも魔法を用いて腕輪に制約を折り込むことも容易かった筈である。 (あの人はそれができたけど、敢えてしなかった。腕輪の交換を敢えてできるままにした。この抜け道には、抜け道であること以上の意味があるんだ。そう、例えば……) 罪人の立場では烏滸がましい発想であるが、それは一つの答え、正しい選択肢の一つとして意図的に開かれた道である気がしてならなかった。罪を犯した過去があろうとも、自由に魔法を使えず己の身も満足に守れない状態であろうとも、自分の命を預けられる存在。そんな相手を見付けたのなら、きっとその相手のために正しい道を歩めるだろと言う希望が制約の代わりに込められている。 テルダとジアはその希望を掴み取ったことで、この窮地を脱するチャンスを得た。後はそのチャンスを結果に変えるだけであった。
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