Hello World

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「これはこれは。随分と機能美に乏しい悪趣味な生き物だ……」 越光は引き攣った苦笑いで、自身を鼓舞する意味を込めた精一杯の虚勢を張った。 トンネルから上がって来た生き物は人間の世界しか知らない越光にはどんな動物にも例えることができない異様な姿をしていた。四足歩行で体高は自分の伸長とほぼ同じ。黒い体毛が全身を覆い、爪は格納されることなく伸び切っている。 「見る目あるじゃねえか。お前はどんな美しい姿に変身してくれるのか、今から楽しみだぜ」 そして何より越光を戦慄させた点は、その長い爪を歩くたびに地面に引っ掛け苛立つような唸り声を上げている仕草であった。機能美に乏しいと表現した通り、自身の体が原因で歩行も儘ならない様からは「環境に適応するための進化」と言うどの世界にも共通するであろう生物が普遍的に持っている背景が感じられない。 正に人工的に促された歪な進化を目の当たりにしている状況であり、越光は強い衝撃を受けた。 「だがまあ、気圧される程じゃないと思うぜ。俺もお前の世界にある種無しスイカを見た時、感動に打ち震えたもんだ」 それは越光や人間を揶揄する嫌味ではなく、心からの称賛であった。 植物が実を付ける理由は、それを動物に食させるなどの手段で中にある種子を遠くに運び種の繁栄を促すためでる。その実の中に種子が存在しない個体を作ると言うことは、その植物のライフサイクルと尊厳の全てを破壊し食料として従事するだけの存在に変貌させると言うことである。 「あるスイカに芽が出た段階でコルヒチンを投与し染色体を変異させる。この変異個体に通常の個体を掛け合わせれば、減数分裂ができない異常を抱えた個体の出来上がりだ。それが種無しスイカなわけだが、そのスイカは勿論子孫を残せずそこで代は途絶える。どうだ、人間がやっている品種改良や遺伝子組み換えも負けず劣らずグロテスクだろう?」 しかしそのアッシュの語りに返事や感想の類は投げ掛けられなかった。檻の中にいるのは言葉を持たない獰猛な獣と、その鋭い爪に脇腹を切られて蹲る越光だけしかいないためである。
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