Hello World

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「おっと、喋り過ぎたな」 そう言いながらもアッシュは口と同時に手も動かしており、新たなコマンドによって周囲の壁や天井に大きな目の模様が生成された。これを通すことで、越光と実験動物の戦闘はあらゆるアングルから記録される。 (痛い、痛いッ……!) 当の越光はその目やアッシュの言葉に意識を余裕など全くない。龍の血で思考を麻痺させていない今、越光の脳内はその言葉に埋め尽くされていた。 実験動物の爪は長く鋭利だが、先端は地面と擦れ刃毀れした状態になっている。それは肉に引っ掛かり余計な傷を付けながら荒く引き裂き、人工物の刃物で一思いに切断される状況とは比べ物にならないほどの激痛を生み出す。 しかしこのまま嬲られるとこれ以上の地獄を味わうことになる。越光は脇腹を抑えて立ち上がると何とか相手の視界に入らぬようふらつきながら走り回るが、出入り口は既に閉じられてしまっており実験動物の顔は越光の方を向き続けた。 「このままでは死ぬ……殺される……」 わざわざ口に出してまで自分に言い聞かせたが、身体に変化が起こるけざしはなかった。心臓は張り裂けそうなほど高鳴っているが、それは底のない恐怖から来る慟哭であり血液を巡らせる最低限の仕事すらしていないのではないかと言う程に全身の力が抜けて行くようであった。 「まあ二本足で立っていられるなら生命の危機って程でもねえさ。気長に粘ってみろよ」 「勝手なことを……!」 「余所見して良いのか?」 それは回避と呼べるようなものではなかった。振り向いた瞬間にはもう目の前まで来ていた実験動物に死を突き付けられ、運よく腰が抜けてへたり込んだ瞬間に爪先がさっきまで自分の胸元があった部分を通過した。
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