Hello World

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壁に凭れながら尻餅を着いた越光の真上を鈍く黒光りする爪が通過する。幸いその軌道は上向きのものであったため、壁に当たると上側に弾け飛び実験動物は僅かに仰け反った。 (今、奴はどう言う感情なのだろうか。生き物が他の生き物を攻撃するのは、捕食する時か縄張りを広げる時、或いはそれに抵抗する時だ。奴は何故私を襲う。飢えているのか、それともパニックになっているのか?) 壁、地面、実験動物が作り出した三角形のスペースから横回転で抜け出した越光は様々な情報が錯綜する脳内を揺り起こし、生き残るための術を必死に考えた。見た限り、実験動物は自身の身を守るために躍起になっているような様子ではなく、明らかに加害意識を以って越光を攻撃している。これでは倒れ込むなどして自身の無害さをアピールすることに意味はなく、捕食が目的であった場合は文字通りの自殺行為である。 その時ふと、何の脈絡もなく先ほどの一幕に重要な見落としがあることを感じ取った。 「・・・・・・」 今度は実験動物から目を切らぬように細心の注意を払い、密かにアッシュを観察すると先ほどまでの煽り文句を押し殺して重い沈黙を湛えている。その様子も越光が自身の直感を信じる大きな要因となった。 アッシュは何かを見たのだ。 そうしている間にも実験動物は崩した姿勢を立て直し再び越光をロックオンした。今から数秒も立たぬ内に再び殺意の塊が振り下ろされることは目に見えている。それまでに最低でも回避の手立ては考えなくては死ぬ場面だが、越光はその想像そのものに目を付けた。 そう。本来は振り下ろされなくてはならない。自分のいた場所を自分より背の高い動物の攻撃が上向きに通過するのは不可解な現象である。
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