Hello World

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越光はもはや防衛の域を越えたドス黒い好奇心を隠そうとはしなかった。先程のように腕を前に突き出すが、今回は掌ではなく片手の爪先を相手に向け身に纏った魔力を打ち出すイメージを込めて動作に移した。 するとその望み通り、風ではなく魔力で作られた腕そのものが伸びて同じく魔力で作られた爪が横たわる実験動物の腹を切り裂いた。 「ああ、アアアッ!これが欲しかったんだ!!」 (そう言えば人間の世界には、ポール・ワイスの思考実験なんてものがあったな) 明らかに正気を失っている越光の実体のない手によって実験動物が肉塊へと変えられて行く様を見て、アッシュは一つの実験を思い出した。それは「試験官にひよこを入れ、原形がなくなるまで磨り潰すと失われるものは何か?」と言う問いである。 (命の何たるかは科学では定義できない。磨り潰す前と後では明らかに何か『尊いもの』が失われているが、物質的には何も変わりがないんだ) そしてこの問いに対してワイス自身は、失われるのは複数の細胞が組み合わさって作り上げられる生物学的組織であると定義した。それは人間で例えるのならの各種の臓器であり、皮膚や骨でもある。それらを構成する細胞一つ一つが無事であったとしても、集合体としての構造が崩れてしまえば生物の一部は担えないと言うことである。 しかし、それはあくまで人間の世界において下された結論の一つ。アッシュはドラゴンの世界でその思考実験を行うとまた別の答えが見えてくると考えていた。 「そう。失われるのは名もなき『尊いもの』。人間の世界ではそれを測る術がないがために定義もできないが、この世界では違う。俺達はその尊きものを精神力に変えて、更にそれを魔法に落とし込むことでこの目で見ることができる」
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