Hello World

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目に見えない自分の内側から自分と言う存在が崩れて行く。それが肉体であれ精神であれ、その恐怖の本質は変わらない。 (ああ、これが有子の味わっていた恐怖と苦痛なのか……) 神経と五感が鋭敏になっており、胸のざわめきから気を反らそうとすると先ほど叩き潰した実験動物の生々しい臭いが鼻を突く。血の巡りは足の裏が痒くなるほどに良く、越光自身の意に反して全身は活気に満ちている。新たに目覚めた力をもっと試したいと叫んでいるかのようであった。 鍛え上げ、研ぎ澄まし、他者を殺める手段として練成する。そしてその力を振るい、家族の命を奪ったドラゴンに復讐を果たす。自分を純粋な人間だと思っていた頃には絶対に思い描くことはなかったであろう黒い理想が心の中で組み上がり、全身を突き動かそうとしているのが分かった。 「過ぎたるは猶及ばざるが如し。お前は過ぎた力を手に入れてしまった。非力だった時よりも強く、家族の仇に復讐をしたいと望むようになるだろうな。その飢えは本懐を成し遂げるまで治まることはない」 「私は、仲間を……友達を守るために……ドラゴンの力を求めたんだ。誰かを殺すためじゃない……!」 そんな言い訳がアッシュに通用しないことは分かっている。この言葉は他でもなく自分自身に言い聞かせるためのものであった。この衝動を抑え込まなければ自分は大切なものを失うと言う危機感がまだ越光の中には生きている。 「まあそう言うなよ。俺は職業柄、悪い奴には詳しいんだ。もしかしたら調べて居場所を突き止めることだって出来るかもしれないぜ。お前の仇をな」 「ッ……!」 しかし運の悪いことに目の前にいる男の生業は殺し屋であり、生きているものを殺すことに関しては得意分野であった。
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