Hello World

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凄惨なる人生に清算を。この力で新たな道を。 寄せては返す衝動は迫る度にその具体性を増してハッキリとしたメッセージを突き付けるまでになっており、越光にはそれに抗う術がなかった。 人間の世界で学んで来た倫理や道徳などは所詮人間の世界でしか役に立たない。現にドラゴンの世界にいる脱獄犯は、自分達の世界の掟から逃れるために人間の世界まで足を運んでいる。この世界でどんな不届きを働いたところで、どの国の警察が越光を逮捕して裁こうと言うのだろうか。 (精神の荒廃……確か情報によれば羽桜龍希が例の暴走を起こした時、人格が変貌したかのような言動や振る舞いがあったらしい。まさかこの女の特殊な龍化とそれは関係があるのか?) (デメリットはどうあれ、龍化による肉体への影響を大幅に軽減する目途が立った。これは『アイツ』への良い手土産になる。龍化の後遺症で、生涯の全てを捧げて歩むと決めた道が閉ざされ絶望の淵に立つ少女を救いたい……こいつを利用しない手はないな) (そしてもしも、龍化と同じ現象が俺達ドラゴンの身にも起こせるとしたらどうなる……?何だ、まんまとライズの思惑通りになっちまってるな) 越光が苦しんでいる傍らで、アッシュは次々と湧き上がる知的好奇心と将来に向けたプランニングを上手く取り纏め一区切りを付けた。そして越光にこれ以上の覚醒や暴走の兆候がないことを確かめると、ようやく壁を開けて歩み寄った。 「"Hello, world."」 (……!) なまじ知識を持ってしまっているために、越光はその一言が持つ挨拶以上の意味に気が付いてしまった。 それはプログラミング言語を学ぶ時の最初の一歩として、或いはプログラミング言語のインストール後の動作確認などでよく使われる例文であり、その道を学んだ経験があれば知らぬ者はいない。 その一言が自分に刻み込まれてしまった重大さを、越光は地に這い蹲りながらじっくりと味わうことになった。
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