謀略の発芽

21/29
前へ
/932ページ
次へ
『この世界には蔑むべき弱者などいないのではないだろうか』 「弱いな、貴様は……」 「!」 泡が弾けるように一瞬だけグルガンの意識が現実に引き戻され、同時にブランクに惚れ込む切っ掛けとなった輝かしい思い出にノイズが入る。その正体は、先ほどまで仕えていた兄を叩きのめしながら発されたブランクの言葉であった。 ある人物における過去と現在の対比は即ち成長であり、その両方を記憶している者にとって甘美なる調和を生み出す。しかし、グルガンの脳内に響いたのは聞くに堪えない不協和音であった。 『グルガンが我をそう認めてくれたように、一見すると単なる弱者であってもその内に強さを秘めている可能性は十分にあろう』 「強者が謀略を振るう分にはまだ、許せた。此方を倒すために有らん限りの手を尽くしていると言う意味なのだからな。軽蔑などする余裕はない。身構えて望まねばならぬ」 『我もそれと同じことがしたい。他者を表面上の強さで推し量らず、その内面を見ることによってその者が持つ強さを認める。然すれば弱者を蔑むことも、憎むことも必要なくなる』 「だが貴様は弱者の分際で、その弱者たる様を誤魔化すために卑怯な手を使った。内に秘めたる心の芯まで邪悪に染まったのだ」 『内を見て強さと美しさを知る。そんな風習が根付けば不毛な争いも減る筈だ。我はそのような貴族で有りたい。そしてその有り様を広めたい』 「貴様は我の大切なものに手を掛け過ぎた。今までも多少の怒りを覚えることは幾度もあったが、貴様にだけはこの際ハッキリと宣言しておく」 『分かり合えば啀み合いは絶てる。誰もが認め合えば、憎しみもそれ故に悪に走る者も救える筈だ!』 「我は貴様を心底軽蔑する。我は、貴様が、憎い!」 「ああ、ああ……」 グルガンはせっかく広い上げたサーベルをまた落とし、両膝に手を着いて項垂れた。
/932ページ

最初のコメントを投稿しよう!

221人が本棚に入れています
本棚に追加