謀略の発芽

26/29
前へ
/932ページ
次へ
「一悶着で済むかと思いきや、とんだ大立ち回りでしたな。父上」 「ふむ……」 喧噪は上階にある龍王の私室にも届いていた。城内のあらゆる場所に仕込まれている結晶石を用いて先程の一幕を見届けたエルゼとガルドは、映像が消えて一転しんと静まり返った空間でブランクにそれぞれ異なる想いを馳せる。 エルゼは心配やこの先にブランクを待ち受ける試練に対する憂いが主であったが、一方でガルドはブランクの精神面における成長と変異に強い関心を抱いた。 「まさかブランクがあそこまで激情を露わにするとは。それも義憤ではなく、純粋な我が身可愛さの故の敵意と憎悪で引き出した。これは大きな転機と見て間違いはない」 「転機であることは否定せんが、それが望ましいものであるとはどうしても思えんのう……」 「何を仰います父上。怒りや憎しみと言うのは、弱肉強食の世界でのし上がるために必要なエネルギーにおいて最も原始的な核(コア)となるもの。今までは騎士道精神やら貴族の誇りやらで代用していたところに、ようやく本物がブランクの中に芽生えたのです」 今までは大切な相手や家名などの大きな名誉のために奮い立つ形でしか闘志を燃やすことができなかったブランクだが、ギランハーツと言う宿敵の存在が遂にブランクから純粋な怒りの感情を引き出した。自らの判断で決別を選んだグルガンの意志を尊重せず、そのギランハーツの傍にグルガンがいたことに野放図な憎悪を抱いた。 魔力を司るのは精神であり、感情の昂ぶりが生み出す波の大きさはそこから引き出せえるエネルギーの大きさに直結する。感情に正負はあれど、その質は絶対値たる波の大きさには影響を及ぼさない。 「悪法もまた法であるように、負の感情も魔力を引き出す鍵であることに変わりはない」 激情に呑まれず飼い慣らすことができれば、ブランクはこの修羅の世界を生き抜くための力を得ることができる。ガルドはそれを期待していた。
/932ページ

最初のコメントを投稿しよう!

221人が本棚に入れています
本棚に追加