呼び水

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「やはり腹心の謀反はショックが大きいか。これでは荒療治どころではないな」 ブランクの精神状態はある程度想定の範囲内であったようで、ガルドは一旦体制を立て直すと告げて翼を広げた。 「一旦屋敷に戻るのか?」 「わざわざネズミ捕りに飛び込む趣味はない。何のためにわざわざこんな辺境まで呼び出したと思っている」 ぐるりと回るガルドの鼻先を素直に追えば、周囲は山脈を背後に据えた森の中であることが分かる。更に言えば、その山脈は雷の国と水の国の国境の役割を果たしている。 「やはり、この地に留まることはできないのですね……」 「一々が湿っぽいな。これまで一度もなかった親子水入らずの遠出だぞ」 「申し訳ありません……」 「おい色情魔、貴様の妻だろう何とかしろ」 「何のために俺達をこんな辺境まで呼び出したんだよ。あと誰が色情魔だ」 やはり自分にカウンセリングは向いていないと結論付け、山脈に向かってさっさと飛び立ってしまったガルドを二人は困惑しながら追い掛けた。 「面倒だが此処からは周囲を警戒しながら向かう」 中腹を過ぎた辺りでガルドは翼を畳み、二人もまたそれに続いた。斜面は急になっていないが整備はされておらず、龍希に関しては龍化を解除して登ることは困難となっている。 翼を出しておきながら広げられないと言う状況が余計に損をしたような気持ちを助長した。願わくばこのまま飛行を継続したい。そのような思いを上書きしたのは、ふと浮かんだ過去の記憶であった。 「お前達は二回目だろう。事情も当然分かっている筈だ」 「ああ二回目だよ。二回とも不法侵入になるとは思わなかった」 その記憶とは龍希が初めてこの世界に来た時のことである。ロゼに差し出された手紙の真相を探るため、龍希とブランクはグルガンを引き連れて水の国を目指した。今と同じように辺境の警備との揉め事を避けるためと言う理由で、国境を徒歩で越えようとした際の苦い経験はすっかり脳裏に蘇っていた。
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