呼び水

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翼が使えれば他国への旅路もそう長いものではなく、龍希が指南した通り特に衝突もなく目的地に辿り着くことができた。その目的地も同じく龍希が予想した通りであった。 メアーゼ家の屋敷はローエレメントの名に恥じぬ造詣で、単に豪勢なだけではなく自然との調和に重点が置かれている。川が何本か屋敷を貫通しており、そこから侵入できる以上は無意味だからか高い塀や柵は存在しない。 心許ない印象を受けるが、元より翼を持つドラゴンには仮にどれだけ高い障壁を設けても容易に飛び越すことができる。更に魔法の存在まで考慮に入れると結局のところ物を言うのは人員であるが、今のメアーゼ邸にはそれすら見当たらなかった。 「確かに私兵の類は出払っているようだな。この国で一番の貴族の屋敷に警備もなしとは、過去の栄華を知っているだけに些か物寂しさを感じる」 ((・・・・・・)) 「どうした。せっかく私が場を和ませるジョークを披露したのに乗って来ないのか」 「ジョークだったのかよ、分かりにくいな!確かにマキナ家がそんなこと言える立場じゃないだろってちょっと思ったけど!思ったけど突っ込めるもんじゃないだろ心臓に悪い!」 「父上、今の自虐は流石に……」 「ふむ。一筋縄では行かぬものだな」 ガルドはあくまで感受性が歪んでおり善意を受け入れられないだけに過ぎず、善の心そのものを理解していないわけではない。しかし今までその理解を己が趣向のため踏み躙ることを前提とした運用しか行ってこなかったが故に、このような場面ではまるで活用ができなかった。 だが上手くは振舞えずとも、ガルドが自分なりにブランクを立ち直らせようと試行錯誤している様子は二人に伝わった。特にブランクは初めて真っ直ぐに注がれた父からの真心に胸を打たれ、溢れんばかりの感激をガルドに注ぎ込んだ。 その直後、ガルドが胸と口を押さえて川辺に立膝を着いたのは言うまでもない。
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