呼び水

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水面を覗いていたガルドの顔色がふと元に戻った。ブランクの愛情により崩れた体調が回復したと言うことは、その逆があったと言うことに他ならない。立ち上がったガルドの喉元を掠めるように水の刃が走り、空中で砕けて飛沫になると再び水面へと吸い込まれて行った。 「随分なご挨拶だな」 「挨拶もなしに他国に侵入してくる奴よりマシだよ」 この屋敷の主であるシリウス・メアーゼは、そう言いながら川より現れ三人の前に立ちはだかった。前回龍希とブランクの二人で訪れた際は無断の訪問でも受け入れられていたことから、先ほどのセリフはガルド個人に対する私怨であることが伺える。 「お前があんな下らない催し事をやらなければ、父さんは死ななかった」 その根幹は無論、貴族同士を直接対決で潰し合わせて次期の龍王を決めると言う異常なイベントに他ならない。ガルドは臨時龍王であった時期にそれを企て、結果として多くの貴族が命を落としその中にはシリウスの父親であるリゲル・メアーゼも含まれている。 「原因であることについて特に異を唱えるつもりはないが、奴の死に関しては遅かれ早かれであろう。どうせあの状態が続いていても、泥沼の後継者争いで疲弊した水の国が立て直せていたとは思えん。国ごと滅びていたところを奴一人の犠牲で済ませたのだ。立派ではないか」 「……」 シリウスはこれまでの水の国の歴史を顧慮し、押し黙った。 スピカを失って純血が保てなくなったメアーゼ家に取って代わろうと多くの貴族が野心を燃やしており、リゲルがトップを降りると表明してからは遂にそれが表面化した。しかしその結果殺し屋組織の参入を許してしまい、内部から食い荒らされる事態を食い止めるためにリゲル前言を撤回して再び椅子に座ることになった。 そのような過程を経て水の貴族達はガルドの催しに誘われ、大きな岐路に立たされた。
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