呼び水

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「随分なことをやったのね。私の家出が霞んで見えちゃうなんて」 事情を把握したロゼは呆れたように苦笑したが、そこに怒りや苦悩の影はない。マキナの名を貶めロゼを巻き込んでしまったことを気に掛けていたブランクはひとまず胸を撫で下ろした。 「身動きができない大事な時にこのような騒乱を起こしてしまって申し訳ない」 「気にすることはないわ。私も騒ぎの一つや二つ起こしたことあるし、この件がなくたって国軍のお尋ね者になってるかもしれないもの」 「何だと……!?」 「因みにその件はグルガンから聞いたが、お咎めなしになっているぞ。被害者が被害者だけに国軍側の反応も鈍く根回しも容易かった」 「あら、知らない内にお父さんに助けてもらってたのね」 「くれぐれも感謝されないように隠していたが、この際仕方がない。余計な心労を増やすわけにもいかんからな。だが感謝はするなよ」 ガルドの特異的な精神構造をロゼよりも深く知っていることから、ブランクは何かの切っ掛けで険悪なムードにならないかと心配していたが、先程と同様に全くの杞憂であった。寧ろ家を出てから今日初めて相対したとは思えないテンポで会話を交わす父と姉を、目を丸くしてキョロキョロと交互に見ていることしかできなかった。 「一体、過去に何をしたと言うのだ」 「ヒミツ。でも無茶苦茶やってるのは自分だけじゃないってこと。今は直接迷惑掛けてる負い目こそあるかもしれないけど、さっきも言った通り下手したら私達の立場は逆だったかも知れないんだから」 巻き込むことも、助け合うこともお互い様だと言う旨を伝えると同時に、ロゼは最後にとあることを口にした。 「それに、姉弟じゃない私達は。たまには年長者らしいことしないとね」 「……!」 感慨深く細まっていたブランクの目が、再び弾けるように開かれた。
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