呼び水

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「どうしたのよ。化かされたような顔でパチクリしちゃって」 「いや……ロゼからそのようなことを言われたのは、少なくとも我の記憶の中には存在しなかったものでな」 「まあ忘れてるのも無理はないでしょうね。そう言うの頑張ってた時期はあったけど、随分と昔の話だし」 「昔にそのような時期があったこと自体が驚きだ」 「尽くすに決まってるでしょう!定石通りに行けば、貴方と私が結婚することになるんだもの」 「……!」 当然理解はしていたが今まで意識したことがなかった事実を改めて突き付けられ、ブランクは少し肩が開いて背筋が伸びた。 ロゼは純血を保つためにブランクと近親婚をして跡継ぎを産むことが本来の定めであり、更に身に宿した子供の属性は雷でなければならない。それを操作する魔法は母体への負担が非常に高く、二度目は死に至る。家系の存続に必要な最低限の子孫は二人であり、これを一回以内の魔法で乗り切れる確率は単純な計算で半分も残っていない。 「マキナの跡継ぎとして、マキナの長男と結婚し、子を成して死ぬ。それが貴族に生まれし女が授かる栄誉ある運命。私はそう教えられて育って来た。だから将来の相手である貴方を敬愛することに何の疑問も持たなかった」 「そこまでの覚悟で尽くしてもらったにも関わらず覚えていないと言うのは、どうしようもないこととは言え少々失礼だったかも知れぬな……」 貴族の世界において、男女の役割はハッキリと異なっている。男は柱に、女は贄に。それは幼きシリウスですら心得ていることであり、既にロゼの子供が何の属性であろうと魔法は使わないと固く誓っている。 ロゼにそのつもりがなかったとしても、ブランクは自分の能天気さを責められている気持ちになり深く恥じ入った。
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