呼び水

23/29
前へ
/931ページ
次へ
恐る恐るロゼの腹部に押し当てた手の平からは服越しでも十分に生命の鼓動を感じることができ、ガルドは逆に生命力を全て吸い上げられたかのように顔を青くした。 愛の結晶に触れたという事実もさることながら、この行為は最も愛し最も憎んだ宿敵であるプラタに強要させられたと言う過去がある。更に、その時プラタに宿っていた命はこのロゼである。 側から見れば微笑ましい光景であるが、ガルドにとっては圧倒的なトラウマをフラッシュバックさせるには十分過ぎる程の惨事であった。 「う、ぐっ……!」 口を手で覆い、脇目も振らず部屋から逃走した。照れているか恥ずかしがっている程度だと思っていたロゼもこれには違和感を抱き、シリウスと共に首を傾げた。 「そんなに嫌だったかしら」 「まあ、身も蓋もない言い方をしてしまえばこの世の地獄だったに違いないであろう。しかしこれで良かったのだ。父上にはそれを受け入れる覚悟があった」 「説明してもらって悪いけどさっぱり分からないわ。じ、地獄って……」 「シリウスも気になってるみたいだし、これからのことも考えるとちゃんと説明しておいた方が良さそうだな」 「うむ。父上と、特に祖父上には致命的な話になるが……これまでの行動を鑑みるに暴かれる覚悟はあると考えさせてもらおう。我の記憶が確かなら、口外するなとも言われていない」 ブランクは前置きを挟み、自身が聞かされたガルドの壮絶な過去をロゼに伝えた。 全ては宿した命の属性をコントロールするため、母体に負担が掛かることも厭わないと言う貴族の悪しき風習が招いた悲劇。エルゼは最愛の妹をその魔法で失わないようにするため、先んじて魔法を掛け双子を宿させることを試みた。属性を変化させる魔法は一度までなら辛うじて安全であり、この手法を確立すれば将来的にも多くの命を救うことに繋がる。そんな淡い希望を免罪符に、エルゼは許されぬ領域へと足を踏み入れてしまった。
/931ページ

最初のコメントを投稿しよう!

221人が本棚に入れています
本棚に追加