侵掠如火

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その後越光は全身にくまなく電極を貼られ、肘の内側に採血用の血管留置針を刺された。他にも両手足首のクリップやセンサーの付いたヘッドセットなど、あらゆる機器に覆われ身じろぎ一つするにも苦労する状態になっていた。 「先ずは事前観察だ。何か喋ってみろ」 これまで散々に喋るなと言われていたこともあり、当て付けに黙り込んでやろうかとも考えた。しかし越光には感情に任せた行動でアッシュの機嫌を損ねることは得策ではないと言う単純な損得勘定以外にも口を開く理由がある。 「……この周りにある医療器具は、人間の世界で使われている人間用のものだ。他人の空似なんてことはあり得ない。この肌触り、とても覚えがあるよ」 飛行機の墜落事故から奇跡の生還を果たした越光はそれから暫く入院を送った。その際身に付けられた様々な器具と過ごした日々は事故と近しい場所に記憶されており、想起するのは容易であった。 「これを何処で手に入れたんだい」 「記憶と思考能力は正常……と」 アッシュは身の程を思い知らせるかのように越光の質問を無視した。スイッチが切り替わり、自由にコミュニケーションを取れる時間は終わる。一度こうなってしまえば取り付く島もないと言うことを越光は既に学習しており、軽口を叩くことも止めた。 当たり障りのない質問が何度か行われ、その片手間にアッシュが計器の調整などを行う。そんな薄い緊張感の中で過ごす時間が暫く経過した後、部屋の隅にあるランプがぼんやりと赤く灯った。 「チッ、今更何の用だ」 作業を止めた手で後ろ髪を軽く掻き、煩わしそうに出入り口の方を向く。越光がランプの光とその様子を目の動きだけで追い掛けていると、向き直ったアッシュと目が合った。 「取り敢えず席外してる間に採血からやっておくか。人間の世界で言う献血と同じ仕組みでやるから死にはしないと思うが、ヘモグロビン濃度とか測ってないしな。もしものことがあったらその時は諦めてくれ」 「……」 「俺にとって此処にある機械はお前の命より高い。暴れて一時的に命を拾っても結末は同じになる。でもまあ、お前なら大丈夫だ。こんなこと言われても筋肉に緊張はないし脳波も乱れてない。今こそ人間のしぶとさを見せる時だぜ」 アッシュは無慈悲に越光の肩を叩き、部屋を後にした。
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