侵掠如火

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主従とは、力関係のみで決まるものではない。楠木大悟とルゴールド・グランエルの間には天地が返ろうとも覆らない決定的な戦闘力の差が存在する。しかし、両者の間に交わされた契約によりルゴールドが楠木に逆らうこともまた不可能である。 では、従者であるルゴールドは楠木に楯突くことはないのか。それは否である。現に今、楠木は自分に逆らえる立場ではない筈のルゴールドに詰め寄られ怯懦になっていた。 「私は、貴方のことを心配しているんです」 この言葉を扱う者の半数以上は、聞こえの良い言葉で自分を意のままに動かそうとする魂胆を持っている。楠木はそれなりに長い人生経験でそのことを心得ていたが、このルゴールドにそれが当て嵌まらないことは明らかであった。 「私の生きる意味は貴方そのものです。貴方が一日でも永く生きることが私の悲願なのです。貴方にもしものことがあったら、私は……」 (お、重い……想いが重い……!) ルゴールドが楠木を思う気持ちは、これまでの社会経験などでは到底測ることができない程の重みがある。それを全て言霊に込めて忠告をされては、魔法による契約がどんなものであろうと楠木がそれに逆らうことは不可能である。 「分かったよ。もう俺だけの体じゃないもんな。これからはちゃんと自炊して健康に気を遣うよ……」 「私も全力で貴方に尽くします。先ずは手始めにあのクレインと言う医者に助言を仰ぎましょうか」 「いきなり病院は勘弁してくれ!」 「……」 その時、ルゴールドが発していた雰囲気が一気に変化した。 首をレーダーアンテナのように回し、片膝を着いて息を潜める。折り畳んだ翼の陰に楠木を格納すると、ようやく口を開いた。 「どうしたんだ」 「魔力の気配がします。しかも、単体ではありません」
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