侵掠如火

22/29
前へ
/931ページ
次へ
「そうだ。こんな時のために『アレ』があるんじゃねえか」 バニアスは軽く手を叩くと、一同を客間の外へと連れ出した。最後尾を歩いていたルゴールドは廊下の途中でざわめきのようなものを感じて足を止めた。 「……」 「ん?どうしたんだ」 「今、何か妙な気配がしたもので」 「もう追手が来たのか!?」 「いえ……生命の気配ではないのです。もっとこう小さな……些細な、音です。恐らく、山の方から聞こえて来る自然のものでしょうね。少しばかり神経が研ぎ澄まされて過敏になっているようです」 ルゴールドは振り返った楠木を落ち着かせて列に戻るよう諭したが、その視線が前を向いた瞬間には再び周囲を見渡していた。 (やはり、魔力や生命の感触ではない。かと言って、声と表現するにはあまりにも曖昧過ぎる……これは、大きな感情が体外に発露したもの……?) それも、恐怖や不安と言ったかなりネガティブなものである。少なくとも血眼になって自分達を探している追手が放つようなものではない。恐らくは、有子かエルトが発信源だろとルゴールドは推測した。 「いざとなったら、ここに隠れてくれ」 バニアスは案内した和室の畳を一枚剥がし、その下から現れた長方形の穴を指差してそう言った。 「これは、防空壕のようなものでしょうか」 「おお、知ってるのか!ジイさんでもギリ戦後生まれだから、自分の親からそう聞いたとしか言ってなかったのに」 「私は日清、日露、日中、第一次と第二次も余すことなく経験済みですよ。幸いなことに空鍔邸のある地域は空襲の的にされることはありませんでしたので、間違っても被害者を名乗ることはありませんがね。それでも戦時中は、空襲に備えてどの家も地下に防空壕を掘ったのです」 懐かしむような眼で底知れん穴倉を覗き込むエルトは、とてもではないが心の器から溢れ出るほどの恐怖に支配されているようには見えなかった。
/931ページ

最初のコメントを投稿しよう!

221人が本棚に入れています
本棚に追加