スカートを履いた日

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 頭を下げかけた俺の襟首を、茂美の丸太のような腕が掴んだ。  喰われる、本能的にそう感じた。  太らせてから食うとは、ゴリラのくせに魔女のようなやつである。 「まさかただ飯食って消えるつもり?」 「え……」 「茂美はな、お前をここで働かせるつもりなんだよ」  戸惑う俺に向けて、古賀がのんびりとした口調で説明した。  ここで働く?  バーって事は、酒を作ったり簡単な料理をしたりして。  それでもって、お客さんと色々話したりするんだよな?  でも、俺は――  あんな悲しい目ばかり見続けてしまって。  もう一度、仕事として誰かと接することが出来るだろうか。 「実はさ、俺、拾われる前は元々ホストで」 「アンタの格好を見ればだいたいわかるわよ。その様子じゃあ店から逃げてきたんでしょ?」 「シュリアか、きつい店に引っかかったもんだ」 「あ、それ。俺のスーツ」  店から借りたスーツ。ご丁寧にも裏地には悪趣味な金糸で店の名が刺繍してある。  どこかに無くしたと思っていたが、ふたりが脱がせてくれていたらしい。 「手段を選ばず客から金を根こそぎ持ってくとこね。女の子がどうなろうが知ったこっちゃなしのサイテーなクラブらしいけど、きつくて逃げてきたわけ?」 「……悲しかった」 「悲しい?」  俺の言葉に、茂美の目が光った。  その輝きを受け止めるようにして、重たい口を開く。 「店に来る子たちがさ、皆すっげぇ悲しい目ばっかりしていたんだ。それが、どうしようもなくつらかった。だから……」 「金払って一晩だけひとや夢を買おうって連中は、そんなもんよ」 「そうかもな。でも俺さ、そんな子たちに指名されてすぐそばに座っても、悲しい目を変えてあげることが出来なかった。どんなに慰めたって笑わせたって、あの子たちは悲しい瞳のまま笑うんだ」  思いが、溢れた。  東京に出て、ホストになって。  それからずっと、誰にも言えなかった気持ち。  自分でもバカだと思うほど泣きまくりながら、俺は心につっかえていた気持ちを、全部吐き出した。 「夜中は楽しく恋人ごっこをしてたのに、朝になれば見ず知らずの他人になってしまう。日が昇ったら別の顔で、男も女も知らない顔で消えていく。そりゃあ、アフターとかはあったってそれも仕事のため、金のためだけ――。俺バカだからさ。そんなの、どうしても割り切れなくって。悲しいまんまバイバイって言って去っていく女の子たちの後ろ姿に、かける言葉さえ見つけられなくって……」
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