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「優しいのね」
茂美の手がそっと髪に触れる。優しい手つきで、そのまま俺の全身をまさぐる。
……待って。なんで、まさぐるの?
「サイズはLでいけそうね、史明」
「茂美、これなんかどう?」
「いいじゃない」
おもむろに、慣れた手つきで俺を着替えをさせる茂美。なんてパワー、なんて素早さ。
抵抗する暇も、ツッコミを入れる間さえ与えられずに俺はあっという間に茂美の手によって女装させられていく。服装も、メイクでさえも。
「あの……俺の話、聞いてた?」
「聞いてたわよ。ほら、目を閉じないの!」
「ねぇ、どうしても働くならせめて古賀みたいにバーテン……」
「うちはバーテンダーはひとりで足りてるわ」
抵抗する間もない早業で、俺はあっという間にスカートまで履かされ鏡の前に運ばれる。
「いっちょあがり。ほら、彰人。自分の姿を良く見てみなさい」
茂美の言葉に、こわごわと目を開く。いったい俺はどうされてしまったのだろう……。
開いた視界の前、鏡の向こうには女子高生の制服を着たボブカットの女の子が、ぎこちなさそうな緊張した面持ちで立っていた。
「え、え、うえええ!? これ……俺!?」
「んぅ~、グゥ! めっちゃくちゃいいじゃない!」
「ああ、これはなかなかに……」
気のせいか、古賀が熱っぽく頷く。
なんでこいつの鋭い視線は下の方にいっているのか。足を見るな足を。
いやそうじゃない。俺はそもそもここで働くつもりなどないのだ。
「おい、茂美! 恩はあるけど、俺はここで働くつもりはないよ!」
「まあそう言うな彰人。とりあえず一日だけ、ここにいてみろ」
身を乗り出した俺を、古賀が小さな声で制した。茂美は俺の訴えを無視するようにカウンターで開店準備に取り掛かっている。
「一日だけって、なんでだよ?」
「さっきお前、お客さんの悲しい目が変えられなくてって言ってただろ。茂美はな、そんな悲しい目だって本当の笑顔に出来る奴だ。だから、今日一日よく見てろ」
「何をだよ」
「茂美の全部をだよ。そうしたら、彰人の悲鳴をあげてるここもちょっとは楽になるんじゃないか?」
古賀が俺の胸に手を伸ばした。
で、ついでのように揉んできた。いや、揉むな。ご丁寧のパッド入りのなにかが入っているようで、揉まれた感触というか、衣服の動きが妙にリアルに感じられてしまう。
慣れないスカートのなかと俺の心に、なんともいえない隙間風が吹き抜けていった。
「胸が楽にって言ったって」
そう言い掛けた時、店のドアが開いた。
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