スカートを履いた日2

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 ドレスからはみ出した揺れる胸毛、野木さんを包み込む腕毛。剛腕に押し包まれる、背を丸めて小さくなったサラリーマン。  ゴリラの授乳のようなシュールな光景だ。  そのくせ、不思議と野木さんと茂美の姿は、俺の心の何かに触れた。  俺にはどうしても出来なかった、何かに。  終電もなくなるような時間まで働く、くたびれたいい大人の涙。  あんな風に自分のつらさを素直に誰かにさらけ出せたら、そして受け止めてもらえたら……何かが変わるんじゃないだろうか。 「野木さんも大変だな」  古賀がふたりに気を使い俺を後ろの方に連れ出した。 「俺ははじめましてのひとだから全然わかんないけど、どう大変なんだ?」 「ハードな仕事と、家に帰れないもんで距離が出来ちまった家族にで、板挟み状態だとさ」 「へえ。でもそれって、現代では普通のお父さんの姿ってやつじゃないのか?」  そう言った俺の顔を見て、古賀が小さく首を振った。 「普通のお父さんをしていたら、生きるのが大変じゃないのか? 違うだろ。普通っていう言葉に包んだって、ひとはそれぞれ違う。抱えている苦しみだって、皆違うものだ。普通だろで片付けていたら、ひとりひとりの顔をきちんと見れないぜ」 「あっ! そう、だよな」  こんなの普通。当たり前。  じゃあ普通ってなんだろう。当たり前ってどんな基準だろう。  考え込んでいる俺に、古賀が野木さんのことを話してくれた。  彼は残業で終電を逃すと、よくここに来るらしい。会社で寝泊まりするのは息が詰まるし、ビジネスホテルの代金は馬鹿にならないという理由だそうだ。 「ホテルは高いだろうけど、それを言うならこういう店も高いんじゃないか?」 「野木さんはIT関連の会社に勤務しているらしくてな。下手すりゃ一日誰とも言葉を交わさない職場だと聞いた。だから、気軽に交わせるような会話に飢えているって言ってたよ」  朝から晩まで、無言で机に向かう日々。  その上、奥さんとはまったく口もきかず、年ごろの娘は家にほとんどいない父親に全く興味を示さないのだという。  泣きたくもなるよな、そりゃあ――。 
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