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どうにも余命半年ということらしい。
病室のカーテンの隙間から五月の午後の陽光が薄く差し込んでいた。
と、ノックもなしにいきなり病室のドアが開く。
「男の子だ。お前に息子が生まれたぞ」
還暦を過ぎても豪快な父の弾けた笑顔。
当然喜ぶべきなのだが、人の親となった私の心は重いもので満たされたままだ。
「そら窓を開けるぞ」
父は私の沈んだ心を物理的に吹き飛ばそうとでもするように勢いよくカーテンを開いた。
そこから見えたのはいつもの無機質な景色とは見慣れぬものだった。向かいの病棟の屋上にある手すりから、赤、黒、青、金、色とりどりの鯉のぼりの群れが吊られ風になびいている。
どうやら父の仕業らしい。金はないが人脈と人望はある父が同業者に頼んだサプライズなのだろう。
私が子供の頃、家は団地住まいで鯉のぼりを揚げられないと駄々をこねて泣いたことがあった。
それを覚えてくれていたのかどうか、
「お前の息子が一人前になるまで、まかせておけ」
か細くシワだらけになっていた手が、私の頭を力強く何度も撫でた。
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